ロードバイク界隈には、昔の機材の話になると急に元気になるおぢがいます。しかもだいたい、10年近く前のバイクに乗っています。
最新モデルには乗っていない。しかし語りだけは異様に強い。「昔のカーボンは〜」「あの頃のコンポは〜」と、若いローディーや女性ローディー相手に突然始まる謎のマウント大会。しかも本人はかなり楽しそうです。
この記事ではそんな“昔話になると急に饒舌になる残念ローディーおぢ”を雑に眺めていきます。
10年前のカーボンロードを“名車”と呼び続ける
ロードバイク界隈には、10年前のカーボンロードを永遠に“名車”と呼び続けるおぢがいます。しかも本人の中では、ただ古いだけではありません。“今では作れない特別な一台”という扱いです。
フレームを見ながら、「この頃のカーボンは反応性が違うんだよな」と語り始める。そして「最近のロードはラクすぎる」「今のバイクは優等生すぎる」と続きます。もはや愛車紹介というより、自分が生きてきた時代の回顧録です。
しかも面白いのが、そのロードバイクがだいたい年式相応に古いことです。リムブレーキ。細めのタイヤ。少し色褪せたフレーム。どこか懐かしいシルエット。しかし本人だけは、それを“味”として語ります。
「今のエアロ形状よりこの時代の細身が美しいんだよ」
「昔のほうがバイクに“芯”があった」
「最近のロードは機械感が薄い」
急にポエマーになります。
さらに厄介なのが、ショップやイベントで最新バイクを見るたびに、微妙な対抗心を出すことです。最新の電動コンポを見ても、「まあ俺は機械式のほうが好きかな」と余裕を見せる。軽量フレームを見ても、「軽すぎると逆につまらない」と語る。しかし本音では、たぶんちょっと欲しそうです。
ただ本人も、自分のロードが古いことは分かっています。だからこそ、“古い”を“哲学”へ変換します。「流行に流されず長く乗るのが本物」「同じバイクを大事にするのがカッコいい」と、自分のスタイルとして完成させていきます。
そして最終的に、その古いロードをピカピカに磨きながら、「やっぱこの時代のデザイン最高なんだよな」と満足そうに笑います。ロードバイク界隈では、“買い替えられない”を“愛着”へ変換できたおぢほど、語りが強くなるのかもしれません。
「昔はこれで山も登ってた」が始まる
ロードバイクおぢが最も輝く瞬間。それが、「昔はこれで山も登ってた」が始まった時です。初心者や若いローディーが軽量バイクやワイドギアの話をしていると、急にスイッチが入ります。
「昔は23Cで普通に峠行ってたからね」
「11-28なんて甘えだった」
「アルミで200kmとか普通だったよ」
突然始まる武勇伝。しかも本人の中では、かなり誇らしい記憶です。
さらに面白いのが、“昔の苦労”を異様に美化していることです。路面は跳ねる。手は痺れる。ギアは重い。それでも「今より走ってる感があった」と語ります。たぶん快適性より、“苦しかった思い出”のほうが強く残っているのでしょう。
しかも現在は、そこまで山へ行っていません。最近は河川敷メイン。しかし記憶の中では、常に全盛期です。だから若いローディーを見ると、「昔はこれで登ってた」という言葉が自然と口から出ます。
そして最新機材を見るたびに、少し複雑そうな顔をします。ワイドタイヤ、軽量フレーム、電動変速。全部ラクそうに見えるからです。だからこそ、「まあ今のロードはラクだよね」と言いながら、どこか昔の自分を誇っています。
たぶんロードバイクおぢが語っているのは、“昔の機材”ではありません。“まだ若かった頃の自分”そのものなのかもしれません。
若いローディーに昔話マウント
ロードバイク界隈には、若いローディーを見ると急に“昔話マウント”を始めるおぢがいます。しかも本人は、マウントしている自覚があまりありません。
若いローディーが新しいバイクを買う。すると始まります。
「今のロードって軽くていいよね」
「昔はアルミで普通に走ってたから」
「昔のホイールなんて重かったよ」
頼んでもいない思い出話が急に開幕します。
しかも特徴的なのが、“昔の苦労”を異様に誇ることです。細いタイヤ。重いギア。硬いフレーム。今なら快適性の低さとして語られそうな部分を、「あの頃は根性が必要だった」と武勇伝へ変換します。
さらに厄介なのが、若いローディーが楽しそうにしているほど語りが長くなることです。最新機材の話をしているだけなのに、「昔のDURA-ACEは〜」「当時のカーボンは〜」と急に歴史講座が始まります。
若い側はだいたい困っています。
「へぇ〜そうなんですね」と相槌を打ちながら、内心では「いつ終わるんだこれ」と思っています。しかしおぢ本人はかなり気持ちよさそうです。たぶんロードバイクの知識を披露しているというより、“昔の自分がまだ速かった頃”を思い出しているのでしょう。
そして最後はだいたい、「まあ今の機材はラクだよね」で締めます。そこには少しだけ、“羨ましさ”も混ざっています。
女性ローディー相手だと異常にイキリ語りが長い
ロードバイク界隈には、女性ローディーを前にすると急に“語り”が止まらなくなるおぢがいます。しかも本人は、かなり自然にやっています。
「そのバイクいいね。ちなみに昔の○○はさ〜」「ホイール何使ってるの? 昔はアルミディープが流行っててさ〜」「今のロードって乗りやすいよね。昔はもっとピーキーだったんだよ」など、突然始まる長編解説。女性ローディーが軽く相槌を打っただけで、「お、興味あるのかな?」と判断し、そこから一気にギアが入ります。
さらに語りの内容が微妙にイキっています。「昔は23Cで普通にロング走ってた」「当時は機械式しかなかったからね」「今の若い子は恵まれてるよ」と、誰も聞いていないのに“昔の苦労自慢”が始まります。本人の中ではたぶん、“経験豊富な先輩ローディー”を演出しているつもりです。
しかし女性ローディー側は、だいたい困っています。「へぇ〜」「すごいですね〜」と笑顔で返しながら、内心では“いつ終わるんだこの話”と思っています。それでもおぢは止まりません。なぜなら話しているうちに、自分でも気持ちよくなっているからです。
しかも面白いのが、男性相手だとそこまで語らないことです。相手が女性ローディーになった瞬間だけ、急に知識量が3倍になります。ロードバイク界隈では、“機材知識”と“承認欲求”が混ざると、語りの長さが異常なことになるのかもしれません。
買い替えられない薄給を美学に変える
ロードバイク界隈には、“買い替えられない”を“美学”へ変換し始めるおぢがいます。本当は最新フレームも欲しい。電動コンポも気になる。ディープホイールも欲しい。しかし現実は厳しい。そこで始まるのが、“今のロードを肯定する哲学化”です。
「同じバイクを長く乗るのが本物なんだよ」「流行を追うだけなのは浅い」「結局エンジンは人間だからね」と、急に達観します。もちろん一理あります。
しかし問題は、数年前まで本人も普通に新型を欲しがっていたことです。それがボーナスや家計や住宅ローンを経て、“欲しいけど買えない”へ変わった瞬間から、急に“今のままで十分”という思想へ進化します。さらに面白いのが、最新バイクを見るたびに微妙な対抗心を出すことです。
「最近のロードって高すぎるよね」「昔はもっとシンプルだった」「軽さばっか求めても意味ない」と、半分は本音、もう半分は自分を納得させるための言葉を並べ始めます。
しかも愛車への愛情だけは異常に強くなります。古いフレームを磨きながら、「やっぱこのデザインなんだよな」と満足そうに眺める。気づけば“買い替えられない”が、“この一台を乗り続ける俺”というストーリーへ変わっています。
ロードバイク界隈では、お金がなくなるほど哲学が深くなるおぢがたまに現れます。たぶん人間は、現実を受け入れるために“美学”を作る生き物なのかもしれません。
本人は楽しそうでも、まわりはウザいだけ
ロードバイクおぢの厄介なところは、本人だけはめちゃくちゃ楽しそうなことです。昔の機材、昔のレース、昔のホイール、昔の峠。語っている本人は完全に気持ちよくなっています。
「昔のロードは尖ってたんだよ」「今のバイクはラクすぎる」「当時のアルテグラはさ〜」と、誰も聞いていないのに延々と始まります。しかも周囲が軽く相槌を打つと、「お、興味ある?」と勘違いしてさらに加速。そこから始まる長編昔話コース。
初心者ローディーは逃げ場を失い、若いローディーは“いつ終わるんだこれ”という顔になり、女性ローディーは愛想笑いを固定し始めます。しかし本人は、“ロードバイク文化を伝えている先輩”のつもりです。完全に善意です。だから止まりません。
さらに面白いのが、本人は場を盛り上げている感覚で話していることです。「いや〜昔は大変だったよ!」と笑顔ですが、周囲は「そろそろ出発しません?」と思っています。ただ、おぢ側にも事情はあります。昔はショップや峠でダベる文化が今より濃く、機材談義そのものがコミュニケーションでした。だから本人の中では、“語る=楽しい時間”なのです。
しかし今の若いローディーは、サクッと走ってサクッと帰ります。昔話フルコースは求めていません。ロードバイク界隈では、“本人は最高に楽しい”と“周囲はちょっとウザい”が、かなり高確率で同時に成立します。
ほんといい加減にしてほしいもんです。


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