ロードバイクに乗っていると、言われた瞬間に思わず苦笑いしてしまう一言があります。もちろん悪気があるわけではありません。しかし本人にとっては、自転車に費やした時間やお金、努力を一瞬で打ち消されるような気分になることもあります。
今回は多くのローディーが一度は耳にしたことがある「ちょっと傷つく一言」を5つご紹介します。あなたも誰かに言われた経験があるかもしれません。
傷つく一言① 車買えないの?
ロードバイクで出かけることを話したとき、「車買えないの?」と聞かれることがあります。相手としては、長い距離をわざわざ自転車で移動する理由が分からず、素朴な疑問を口にしただけかもしれません。しかしローディーにとって愛車は、自動車を買えないから仕方なく選んだ移動手段ではありません。自ら進んで時間とお金を費やし、走ることそのものを楽しむための趣味です。
そもそも車があれば快適に移動できることくらい、ローディーも理解しています。冷暖房の効いた車内で目的地まで運んでもらえる便利さと、汗を流しながら自分の脚で景色の中を進む面白さは別物です。目的地へ早く到着することより、そこまでの道のりを味わうことに価値を感じています。それを経済的な事情だけで片づけられると、何年も続けてきた楽しみまで否定されたような気持ちになります。
さらに厄介なのは、乗っているロードバイクが一般的な中古車より高い場合でも、この質問をされることです。「買えないのではなく、その予算をこちらへ使いました」と説明したところで、今度は「自転車にそんなに払ったの?」という別の攻撃が始まります。詳しく語れば面倒な人と思われ、黙って笑えば本当に買えない人として処理されます。どちらを選んでも傷が残るため、ローディーは今日も曖昧な笑顔で「まあ趣味なので」と答えるしかありません。
傷つく一言② ママチャリでイイじゃん
ロードバイクを見た人から「ママチャリでイイじゃん」と言われることがあります。確かに近所の買い物や駅までの移動なら、前かごやスタンドが付いたママチャリの方が便利です。荷物も運べますし、普段着のまま気軽に乗れます。それでもローディーが細いタイヤの自転車を選ぶのは、単なる移動ではなく、走る行為そのものを楽しみたいからです。
ロードバイクは速さだけを追い求める乗り物でもありません。軽やかに加速する感覚、ペダルを回した分だけ前へ伸びる心地よさ、いつもの道が少し違って見える面白さがあります。長い距離を走り切った達成感や、坂を越えた先で味わう開放感も、日常用の自転車とは異なる魅力です。用途が違うものを同じ「チャリ」という一言でまとめられると、こだわって選んだフレームも、休日を費やして走った時間も、まとめて不要と言われたように感じます。
さらにローディーが違いを説明し始めると、空気は急速に悪くなります。重量や姿勢、変速機の話をすればするほど、相手の表情には「そこまで聞いていません」と書かれていきます。そこで黙って「そうですね」と返せば、今度は自分が何のために高い自転車へ乗っているのか分からなくなります。ママチャリが優れた乗り物であることは認めています。ただしロードバイクの代わりになるかと聞かれれば、ローディーの答えは静かに、しかし断固として「ならない」です。
傷つく一言③ チャリ通してる高校生のが速いよ
信号待ちをしていると、前かご付きの自転車に乗った高校生が勢いよく横を通り過ぎることがあります。その光景を見た同行者や家族から「チャリ通してる高校生のが速いね」と言われると、ローディーの胸には鋭い何かが刺さります。ヘルメットをかぶり、身体に密着したサイクルジャージを着て、軽量な車体にまたがっているだけに、見た目と結果の落差が大きすぎるからです。
こちらには言い分があります。すでに何十キロも走ってきた後かもしれませんし、信号の先で止まることを考えて力を抜いている場合もあります。向こうは遅刻寸前で、若さと焦りを燃料に全力疾走している可能性もあります。それでも外から見えるのは、制服姿の高校生にあっさり抜かれた本格装備の大人です。距離や疲労、走行目的といった事情は記録されず、その瞬間の順位だけで評価が確定します。
悔しさのあまり追いかければ、さらに状況は悪化します。通学途中の学生を高価なロードバイクで本気になって追走する姿は、速くても遅くても格好がつきません。しかも高校生は細い路地へ入り、信号や坂道をものともせず、慣れた通学路を最短距離で駆け抜けます。ローディーは呼吸を乱したまま見失い、何事もなかったように速度を落とすしかありません。「今日は流しているだけです」と説明した時点で、心の中ではすでに全力で負けています。
傷つく一言④ 100万円の価値あるの?
愛車の価格を話した直後に「それ、100万円の価値あるの?」と聞かれると、ローディーは急に難問を突きつけられます。速く走れる、軽い、部品の精度が高いと説明はできますが、数万円の自転車と比べて何十倍も速くなるわけではありません。むしろ性能差を数字だけで証明しようとするほど、費用対効果の悪さが浮き彫りになっていきます。
それでも本人にとって100万円は、単なる移動道具の値札ではありません。フレームの造形にひかれ、装着するパーツを悩み、休日のたびに手入れをしながら少しずつ自分好みに仕上げた一台です。購入前には何度も画像を眺め、レビューを読み、見積書を閉じては再び開くという長い葛藤もありました。その過程まで含めて満足しているため、所有者の中ではすでに十分な意味を持っています。
困るのは、この問いに客観的な正解がないことです。「あります」と即答すれば金銭感覚を疑われ、「ないかもしれません」と認めれば、自分で高額を支払った判断まで否定することになります。まして軽量化のために数万円を投じて数十グラム削った話など始めれば、相手の疑念は確信へ変わります。結局ローディーは「乗れば分かりますよ」と穏やかに返しますが、本音では価値を理解してもらうより、これ以上価格について質問されないことを願っています。
傷つく一言⑤ 坂だと遅いね
平坦な道ではそれなりに走れていたのに、上り坂へ入った途端に速度が落ちると、「坂だと遅いね」と容赦なく言われることがあります。本人は心拍数を上げ、脚の重さと戦いながら必死にペダルを回しています。それでも隣から見れば、派手な装備を身につけた大人が時速一桁でゆっくり進んでいるだけです。努力の量と見た目の速さがまったく釣り合わないため、この一言は酸素が足りない身体へ深く突き刺さります。
坂道では車体の性能だけでなく、体重や脚力、走り方の癖まで正直に表れます。平地なら勢いや空気抵抗の少ない姿勢でごまかせても、勾配がつけば逃げ道はありません。軽量ホイールや高価なコンポーネントをそろえていても、最後に前へ進ませるのは乗り手です。その残酷な事実を、自分でも十分すぎるほど理解しているところへ他人から確認されるため、余計に堪えます。
「今日は脚が残っていない」「この先が長いから抑えている」と説明することもできますが、呼吸が乱れている状態では説得力がありません。立ち漕ぎで速度を上げようとすれば数十秒で力尽き、座り直した瞬間に先ほどより遅くなります。頂上へ着いた後に「景色を楽しみながら上っていました」と取り繕っても、汗だくの顔がすべてを物語っています。ローディーは坂が嫌いなのではありません。ただ坂道だけは、努力も機材も年齢も体重も隠さず、現在の実力を誰にでも見える形で公開してしまうのです。
まとめ
ロードバイクを知らない人からすれば、今回紹介した言葉は何気ない感想にすぎません。しかし乗る側には、機材選びに悩んだ時間、休日ごとに積み重ねた距離、苦手な坂へ向き合った記憶があります。それらを知らないまま放たれる一言だからこそ、笑って受け流しながらも内側には小さな傷が残ります。
とはいえ毎回まともに説明していては、会話が自転車講座になってしまいます。愛車の価格や性能、走る理由を誰にでも理解してもらう必要はありません。本人が納得してペダルを踏み、帰宅後にまた乗りたいと思えるなら、それで十分です。今日もローディーは少し傷つき、適当に返事をしながら、自分にしか分からない楽しさを求めて走り続けます。


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