ロードバイクで見かけるエモい瞬間 Vol.037 ~最後の一滴~

雑記コラム

ライドが終わったと実感する瞬間。個人的には玄関前でバイクから空のボトルを外しているときだったりします。あぁ今日も一日、無事に戻ってこれた。そんな安心と心地よい疲労感が同時にやってくる瞬間が今回のエモい瞬間です。

今日も、一日、お疲れさまでした

ロングライドを終えて自宅の前にたどり着く。サイクルコンピューターには今日走った距離が表示され、脚には心地よい疲労が残っている。玄関まではあと数歩。それでもすぐには家へ入らない。ロードバイクを壁に立て掛け、ヘルメットを外す。汗ばんだ額を夕方の風がなでるだけで、一日中走り続けた身体の力が少しずつ抜けていく。

ボトルを手に取って中を覗く。昼間の補給で氷と水をたっぷり入れたはずなのに、残っているのはほんの一口だけだ。峠を登ったときも、信号待ちでも、コンビニの休憩でも少しずつ口に運び、その最後の一滴が今ここに残っている。

ゆっくりと飲み干す。冷たさはもうほとんど残っていない。水の味もボトル特有の臭いがついてしまっている。それなのに、その一口が今日一番おいしく感じる。喉の渇きを潤しているというより、「今日も無事に帰ってきた」という安心感を身体いっぱいに染み込ませているような感覚だ。

ボトルが空になると、不思議なくらい自然に「終わったな」と思う。サイクルコンピューターの停止ボタンを押す瞬間でもなければ、玄関のドアを開ける瞬間でもない。自分にとってライドのゴールは、いつもボトルの最後の一滴を飲み切ったときだった。

そこからグローブを外し、サングラスを外し、シューズを脱ぐ。気持ちは少しずつ日常へ戻っていく。もし途中でボトルの水がなくなってしまったら、この締めくくりは味わえない。だから真夏でも無意識のうちに最後の一口だけは残してしまう癖がついた。ライドには、自分だけのゴールテープが必要なのだ。

朝焼けの中を走り始めたことも、向かい風に苦しんだことも、峠から見た景色も、仲間と笑った時間も、その一口の中に全部詰まっているような気がする。ボトルは空っぽになった。それでも心は満たされている。今日も無事に帰ってこられたという何よりの喜びを教えてくれるのは、豪華な完走メダルでもゴールアーチでもない。自宅の前で静かに飲み干す、ボトルに残った最後の一滴なのだ。

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