「あと5kmだから」「あと一つ坂を越えれば終わり」「ついでにあのパン屋だけ寄ろう」。ローディー仲間と走ったことがある人なら、一度はこんな言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。しかし、その言葉を額面どおりに受け取ってはいけません。
ロードバイク乗りの「あと少し」は、一般的な感覚とは大きく違うことがよくあります。本記事では、思わず笑ってしまうローディー特有の「あと少し」あるあるをご紹介します。
「あと5km」の罠
ローディーの「あと5km」は、世界で最も信用してはいけない距離かもしれません。一般的な感覚なら5kmと聞けば15分から20分ほどで終わるイメージですが、ロードバイク界では話がまったく違います。その5kmの間に激坂が待っていたり、向かい風が吹き荒れていたり、「景色がいいからこっち行こう」とルート変更が始まったりするのは日常茶飯事です。
しかも厄介なのは、言っている本人に悪気が一切ないことです。本人の頭の中では「5kmなんてウォーミングアップみたいなもの」という感覚なので、本気で「もうすぐですよ」と励ましてきます。一方で初参加の人は、「あと5kmなら頑張れる」と信じて脚を回した結果、気付けば30分以上経ってもゴールが見えず、心の中で静かに絶望します。
さらに恐ろしいのは、「あと5km」が一度では終わらないことです。「あと5kmですよ」と言われて走り切った先で、「もうあと5kmですね」と続きます。気付けば5kmが三回、四回と繰り返され、サイコンを見るたびに距離だけが順調に増えていきます。もはやローディーにとっての5kmは単位ではなく、気持ちを落ち着かせるための魔法の言葉なのかもしれません。
もしベテランローディーから「あと5km」と言われたら、その数字を信じるのではなく、「まだ何かあるな」と心の準備をしておくのが正解です。期待値を下げておけば、本当に5kmで終わったときには、きっと感動すら覚えるでしょう。
坂も「あと少し」
ローディーが発する「坂もあと少し」は、距離以上に信用してはいけない言葉です。息を切らしながら「あと少しですか?」と尋ねると、前を走るベテランは笑顔で「もうすぐ頂上ですよ」と答えてくれます。その言葉を信じて必死に踏み続けますが、コーナーを曲がると新たな坂が現れます。そしてまた曲がると、さらにその先にも坂があります。
ようやく頂上らしき場所が見えて「終わった!」と思った瞬間、「あれはニセピークですね」と平然と言われるのもローディーあるあるです。本当の頂上は、その先、そのまた先に待っています。初心者にとっては精神的ダメージが大きい一言ですが、言っている本人は悪意ゼロ。むしろ励ましているつもりなので始末が悪いのです。
さらに坂好きのローディーになると、感覚そのものが一般人とは違います。本人にとって5%の勾配は「ほぼ平坦」、1km程度の登りは「ウォーミングアップ」、激坂を越えて初めて「ちゃんとした坂」と認識していることも珍しくありません。そのため「あと少し」という言葉も、本人基準では本当にあと少しなのです。
もし坂の途中で「あと少しだから頑張って!」という声が聞こえたら、その言葉は応援として受け取り、距離の情報としては忘れましょう。ローディー語における「あと少し」は、メートルでもキロメートルでもなく、「気持ち」の単位なのです。
寄り道も「ついで」
ローディーの「ついで」は、一般人が知っている「ついで」とは別の意味を持っています。「あそこに有名なパン屋があるので、ついでに寄りましょう」と言われれば、数百メートル寄り道する程度を想像するでしょう。しかし実際にサイコンを見ると、目的地は7km先。しかも獲得標高はしっかり増えています。
パン屋へ着いたと思ったら、「せっかくここまで来たので展望台も行きましょう」と話が始まります。展望台へ到着すると、「すぐ近くにジェラート屋がありますよ」。ジェラートを食べ終わる頃には、「あと10分で絶景スポットなので行きませんか?」と次々に新しい目的地が追加されます。もはやライドではなく、寄り道が本編です。
もちろん本人は本気で「ついで」だと思っています。普段から100km以上走っているローディーにとって、5kmや10kmは誤差の範囲。車でコンビニへ寄る感覚とほとんど変わりません。そのため悪気なく「本当にすぐですよ」と笑顔で案内してくれます。
結果として、朝は80kmライドの予定だったはずが、夕方にサイコンを見ると120kmを超えていることも珍しくありません。そして解散するときには決まって、「今日は短めでしたね」のひと言。ローディーの「ついで」は、距離ではなく感覚でできているのです。
ローディーはしばしば目的地を増殖しやがる
ロードバイクのライドには、不思議な現象があります。それは、出発前には一つしかなかった目的地が、走っているうちに次々と増えていくことです。「今日はパン屋だけ行きましょう」と話していたはずなのに、パンを買い終えた瞬間、「この近くに有名な湧き水があります」。湧き水へ着くと、「ここまで来たなら展望台も近いですよ」。展望台では、「実は絶品ソフトクリームのお店が15分先なんです」と話が進みます。
気付けばサイコンのルートは当初の計画とは別物です。予定では右折して帰宅するはずだった交差点を、「ちょっと左へ行くだけです」と軽やかに直進していきます。そしてその”ちょっと”が10km、15kmへと成長していくのは、もはやローディー界では珍しいことではありません。
面白いのは、提案している本人が本気で近いと思っていることです。普段から長距離を走る人ほど距離感覚が完全に麻痺しており、10km程度では「寄り道」とも認識していません。「せっかくなので」「ここまで来たので」という便利な言葉を何度も繰り返しながら、目的地は細胞分裂のように増殖していきます。
そしてライドが終わる頃には、「今日は予定どおり走れましたね」と満足そうな笑顔を見せます。しかしサイコンを見ると、予定80kmだったライドは130kmになっています。ローディーにとって目的地とは、最初に決めるものではありません。走りながら増えていくものなのです。
本人に悪気はないのがまた…
ここまで読んで「そんなローディーはひどい」と思った方もいるかもしれません。しかし、一番の問題は本人に悪気がまったくないことです。「あと少し」「すぐ着きます」「軽く流しましょう」「今日は短めです」。どの言葉も、その人の中では100%本気なのです。決して後輩を苦しめようとか、友人をだまそうとしているわけではありません。
むしろ本人は親切心で言っています。「この景色を見せてあげたい」「このパン屋は絶対に食べてほしい」「せっかくならもう一か所だけ案内したい」。その気持ちが純粋すぎるあまり、距離や時間という概念だけがどこかへ置き去りになっているのです。
そして何より恐ろしいのは、その感覚が少しずつ周囲へ伝染していくことです。最初は「5kmも増えるなんてあり得ない」と言っていた初心者が、数年後には新しい仲間へ「あと少しですよ」と笑顔で話し掛けています。こうしてローディー語は世代を超えて受け継がれていくのです。
もしベテランローディーから「あと少し」と声を掛けられたら、その言葉は励ましとして受け取るのが正解です。距離や時間を知りたいならサイコンを見ましょう。ローディーの言葉を信じるなという意味ではありません。ただ、ローディー語には日本語とは少し違う独自の辞書が存在することだけは、覚えておいた方がよいかもしれません。
まとめ|だからローディーのあと少しは信じるな
ロードバイク乗りが口にする「あと少し」は、決してうそではありません。ただし、その基準が一般的な感覚とは大きく違うだけです。5kmは誤差、坂はウォーミングアップ、10kmの寄り道は「ついで」。そんな独特の距離感で話しているため、初心者ほど見事に引っ掛かってしまいます。
とはいえ、その言葉の裏には「もっと楽しい景色を見せたい」「せっかくならおいしいお店へ案内したい」という気持ちがあることも少なくありません。だから怒るに怒れず、気付けば自分も笑いながら走ってしまうのが、ローディーという生き物の不思議なところです。
そして一番怖いのは、この感覚に慣れてしまうことです。数年後には、自分も新しくロードバイクを始めた友人へ「あと少しだから頑張って」と笑顔で言っているかもしれません。そのとき初めて、「ああ、あの人も悪気はなかったんだな」と気付くでしょう。
だからローディーの「あと少し」は、話半分くらいで聞くのがちょうどいいのです。そして本当の残り距離を知りたければ、仲間ではなくサイコンを信じましょう。ローディーは信用しても構いません。ただし、「あと少し」だけは別の話です。


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