街中やサイクリングロードで他人のロードバイクを見かけた瞬間、無意識にフレーム、コンポ、ホイールへと視線が走ります。別に値段を知りたいわけでも、持ち主に聞かれたわけでもありません。それなのに頭の中では「このフレームなら……」「そのホイールを履かせているなら……」と勝手に計算が始まり、気づけば愛車の総額まで弾き出しています。ロードバイクおぢに染みついた、誰にも頼まれていない脳内査定の始まりです。
視界に入った瞬間から査定開始
ロードバイクおぢの視界に他人のロードバイクが入った瞬間、本人の意思とは関係なく脳内査定が始まります。信号待ちで隣に止まった、コンビニのラックに掛かっていた、カフェの前に立て掛けられていた、サイクリングロードの休憩所に一台置いてあった。ただそれだけのことなのに、目は勝手に車体へ向かいます。「あれはどこのフレームだ」「コンポは何だ」「ホイールは純正じゃないな」と、持ち主から一言も頼まれていないのに鑑定スタートです。一般人なら「カッコいい自転車だね」で終わるところを、ロードバイクおぢは数秒のうちに可能な限り情報を回収しようとします。もはや自転車を見るというより、現場検証です。
しかも厄介なのが、興味のないフリだけは妙に上手くなっていくことです。真正面からジロジロ眺めるのはさすがに失礼だという常識は残っているため、視線だけを巧妙に動かします。スマホを触りながらチラッ、ボトルを飲みながらチラッ、信号が変わるのを待ちながらチラッ。「別にあなたのロードバイクなんて見ていませんよ」という顔をしていますが、頭の中ではすでにフレームのブランドを特定し、グレードまで絞り込み始めています。さらに相手がこちらを向いていない絶好のタイミングが訪れると、一気に視線が下へ移動。クランク、ディレイラー、ブレーキ、ホイールと、見る場所が完全に中古車査定員です。
特に明らかに高そうな一台を発見すると、ロードバイクおぢの観察能力は突然覚醒します。普段なら駅の広告も昨日食べた夕飯もろくに覚えていないのに、他人のロードバイクとなれば話は別です。数秒後には「あれ、たぶん上位グレードだな」「ホイールも替えてるじゃん」「ということは結構いってるぞ」と、必要のない情報だけが猛烈な勢いで頭へ入ってきます。仕事でもその集中力を発揮してほしいところですが、なぜかロードバイク限定で性能が解放されます。
もちろん査定したところで一円にもなりません。持ち主から正解を教えてもらえるわけでもなく、何なら二度と会わない可能性のほうが高いでしょう。それでも見てしまいます。ロードバイクに長く乗っていると、街中にある一台が単なる「自転車」ではなく、情報の塊に見えてくるからです。こうして今日も全国のどこかで、誰にも頼まれていないロードバイクおぢ査定員が静かに業務を開始しています。報酬ゼロ、依頼ゼロ、需要ゼロ。それでも視界にロードバイクが入った以上、査定せずにはいられないのです。
まずフレームでおおよその価格を読む
ロードバイクおぢの査定で最初にチェックされるのがフレームです。メーカーのロゴを確認したところから、脳内データベースへの照会が始まります。「これはあのモデルか?」「いや、形状を見ると一個上か?」「このカラーは何年モデルだったっけ?」と、他人の自転車を前に突然クイズ大会が開催されます。もちろん正解しても賞金は出ませんし、誰からも回答を求められていません。それでも知識を総動員してモデルを特定しようとするのがロードバイクおぢです。
さらに厄介なのは、メーカー名を確認しただけでは終われないところです。同じブランドでもエントリーからハイエンドまで価格差があるため、ロゴだけで判断するような雑な仕事は許されません。フレーム形状、塗装、ケーブルの取り回し、シートポスト周辺などをチラチラ確認し、「これは完成車で買ったのか?」「フレームセットから組んだ可能性もあるな」と、勝手に捜査範囲を広げていきます。持ち主は休憩しているだけなのに、その数メートル先では頼んでもいない鑑識作業が進行中です。
そしてモデルの見当がついたところで、いよいよ価格の推定に入ります。「確かこの世代ならこのくらいだったはず」「いや、最近値上がりしたからもっとするか」と記憶の奥底に眠っている価格表を引っ張り出します。スーパーでキャベツがいくらだったかは忘れても、数年前に欲しかったロードバイクの価格だけは妙に覚えています。日常生活では何の役にも立たない記憶力が、ここぞとばかりに全開です。
特に自分が過去に購入候補として調べたモデルだった場合は強烈です。価格だけでなくグレード展開やカラーまでスラスラ出てきます。「これ、当時欲しかったやつだ」と気づけば、査定どころか思い出まで乗っかってきます。反対に見慣れない高級フレームが現れると、今度は「これは相当するぞ」という極めて雑な高額判定を発動。詳しく知らないくせに、高そうなオーラだけは敏感に感じ取ります。
こうしてフレームを数秒眺めただけで、ロードバイクおぢの頭には勝手に最初の査定額が表示されます。しかしこれはまだ入口にすぎません。フレームだけなら「ほほう、なかなかですな」で済みますが、ロードバイクという乗り物はパーツを交換するほど金額が猛烈に膨らんでいく世界です。ここから視線はコンポ、ホイール、細かなカスタムへと移動していきます。持ち主が何も知らないところで、ロードバイクおぢの脳内電卓だけが忙しく数字を積み上げていくのです。
コンポを見て実力を図る
フレームから車体のおおまかな素性をつかんだロードバイクおぢは、続いてコンポへ目を向けます。ここで知りたいのは単純な値段だけではありません。何が付いているかを手掛かりに、乗り手がどの程度走る人なのかまで勝手に想像し始めます。上位グレードなら「これは結構走り込んでそう」、ミドルクラスなら「実用と性能のバランス派かな」、エントリー系なら「まだ沼の入口あたりか」と、初対面どころか会話すらしていない相手のロードバイク歴を組み立てます。もちろん変速機に持ち主のFTPが表示されているわけではありません。
電動変速が付いていれば、さらに話は盛り上がります。レバーからリアディレイラーへ目を移し、「Di2か」「12速だな」と確認しながら、今度は年代や世代まで探り始めます。SHIMANOのDURA-ACEやULTEGRAともなれば、それだけで「この人はそれなりにやっている」という謎の信頼感まで発生します。逆に105だから遅いという話ではありません。そんなことは本人も十分理解しています。それでも機材を見た瞬間だけ、なぜか脳内に勝手なヒエラルキーが出現するのがロードバイクおぢです。
ところが実際の路上では、この予想が盛大に外れることがあります。DURA-ACEを装備した最新ロードが優雅なポタリングを楽しんでいる横を、何世代も前の105を積んだ年季の入った一台がものすごい勢いで抜いていくこともあります。そこで改めて「結局は脚だよな」と悟ります。ロードバイク界隈で何千回も語られてきた結論です。しかし次に別の一台を見つければ、さっきの悟りはどこへやら。またリアディレイラーを見て「おっ、これは速そう」と考えます。学習したはずなのに数分で初期化されます。
さらに面倒なのは、コンポが一式そろっていない場合です。レバーはこれ、クランクは別グレード、リアディレイラーは上位モデルとなれば、「なるほど、ここだけ上げたのか」と俄然面白くなってきます。完成車そのままなのか、故障を機に交換したのか、性能を求めて変更したのか。本当の事情など分かるはずもないのに、部品の組み合わせから所有者のロードバイク人生まで創作し始めます。もはや機材を見るというより設定資料を読んでいる状態です。
ロードバイクおぢにとってコンポは、変速と制動を担う部品であると同時に、その一台のキャラクターを想像するための格好の材料でもあります。速いか遅いかは走ってみなければ分かりません。それでもDURA-ACEの文字を見れば少し身構え、使い込まれた旧型コンポを見れば「この人、むしろヤバいかも」と警戒する。結局どちらでも何かしら考えてしまいます。他人の脚力は見えませんが、コンポは丸見えです。だから今日もロードバイクおぢは、頼まれてもいない戦力分析に励むのです。
ホイールで本気度を計測
ロードバイクおぢにとって、ホイールはその一台にどれだけ情熱を注いでいるかが見えやすい場所です。完成車に最初から付いてくるものでも十分走れる。それなのにわざわざ交換するという行為には、何かしらの決意があります。リムがやたら深い、見るからに軽そう、そして横には存在感たっぷりのロゴ。そんな足まわりを発見すると、「ああ、この人はもう戻れないところまで来ているな」と妙な安心感を覚えます。同じ病にかかった仲間を見つけたようなものです。
特にディープリムは分かりやすい存在です。横から見たときの迫力が強烈なので、遠目でもすぐに発見できます。40mm、50mm、さらに深いものとなれば、ロードバイクおぢの目線は自然と吸い寄せられます。「平坦を気持ちよく飛ばしたいのかな」「見た目の迫力を優先したのかな」と考え始めますが、理由はどうでもいいのです。重要なのは、わざわざ純正から交換するところまでロードバイクにハマった人間が目の前にいるという事実です。
さらにZIPP、ENVE、Campagnolo、DT Swiss、ROVALあたりの人気ホイールともなれば、心の中で小さなどよめきが起こります。「うわ、それ履いてるのか」。声には出さなくても反応せずにはいられません。ロードバイクおぢ自身も過去に通販サイトを開き、価格を見てそっと閉じ、数日後にもう一度開くという無意味な往復運動を経験しているからです。買わない理由を必死に並べながらレビューだけは熟読し、「今のままで何も困っていない」という完璧な結論を出した30分後に、装着画像を検索しているのがこの界隈です。
だから他人の車体に憧れていたホイールが装着されていると、見る側にもいろいろな感情が湧いてきます。「いったんですね」「奥さんにはちゃんと話したんですか」「カードの請求、大丈夫でしたか」。余計なお世話が脳内を駆け巡ります。もちろん相手は独身かもしれませんし、余裕で買える収入なのかもしれません。それでも数十万円クラスの円形物体を見れば、そこに至るまでの家庭内ドラマまで勝手に想像したくなるのがロードバイクおぢです。
一方で高級フレームなのに足まわりだけ購入時の状態という車体を見ると、「ここからなのか」と別の意味で期待してしまいます。現在はまだ平穏です。しかしロードバイク関連の動画を見ているうちに「ホイール交換は体感しやすい」という言葉に出会い、検索窓へ商品名を打ち込む日が来るかもしれません。そうなれば最後です。重量を比較し、リムハイトで悩み、予算を少しずつ上方修正し、最初は10万円だったはずの候補がいつの間にか30万円になっています。ロードバイク界隈では非常によくある怪奇現象です。
ホイールはただ回転しているだけなのに、ロードバイクおぢには物欲の進行具合まで映してしまいます。純正なら平和、交換済みなら沼へ前進、ハイエンドなら立派な住人。そんな勝手な尺度で他人の本気度を測りながら、「自分はそこまでじゃない」と安心している本人の愛車にも、しっかりカーボンホイールが装着されていたりします。ロードバイクおぢによる本気度測定で、最も信用できないのは測っている本人なのかもしれません。
カスタムパーツまで抜かりなく加点
主要装備をひと通り確認したところで終わらないのが、ロードバイクおぢの恐ろしいところです。ここから視線はハンドル、ステム、サドル、ペダル、ボトルケージ、プーリーといった細部へ潜り込んでいきます。ぱっと見では普通の一台でも、よく見れば純正品が次々と姿を消していることがあります。そんな車体に遭遇すると、「あっ、ここもやってる」「こっちも替えてるじゃん」と発見するたびに評価点が上昇。もはやロードバイクを眺めているというより、間違い探しの上級編です。
一体型カーボンハンドルが付いていれば「そこまで手を出したか」、軽量サドルなら「尻まで攻めてるな」、カーボン製ボトルケージが左右に並んでいれば「数グラムにも金を払う領域に到達しましたね」と心の中で拍手を送ります。さらにCeramicSpeedのOSPWのような巨大プーリーまでぶら下がっていれば、もう十分です。「はい、仕上がってます」と勝手に認定します。何が仕上がっているのかはよく分かりませんが、少なくともロードバイクへの熱量が普通ではないことだけは伝わってきます。
面白いのは、こうした小物類が単体ではそれほど目立たないことです。自転車に詳しくない人からすれば、ボトルケージが樹脂だろうがカーボンだろうが水筒を刺す場所でしかありません。ところがロードバイクおぢには違いが見えてしまいます。ステムのロゴを拾い、サドルの形を確かめ、ペダルにも目を落とし、しまいにはバルブキャップのような細部にまで意識が向かいます。もはや観察対象が細かすぎて、近くでやりすぎると普通に怪しい人です。
そして最も盛り上がるのが、機能的には必須でもないのに明らかにこだわっている部分です。軽量パーツ、チタンボルト、カーボン製アクセサリーなどが散りばめられていると、「この数グラムのためにいくら使ったんだ」と妙な感動が生まれます。本人にとっては性能向上かもしれませんし、単純に見た目が好きなだけかもしれません。しかしロードバイクおぢは、そういう説明のつかない出費が大好物です。なぜなら自分にも身に覚えがあるからです。「必要か?」と聞かれれば一瞬黙る。でも欲しい。その気持ちだけは誰よりも理解できます。
バーテープの色、スペーサーの高さ、サドルバッグの選び方などから個性が見えてくるのも、この段階の面白さです。黒一色で徹底的にまとめた車体には「渋いですね」、差し色を巧みに入れた一台には「ちゃんと考えてるな」と感心します。逆に各所から異なる方向性の主張が飛び出している車体も、それはそれで味があります。「好きなもの全部載せました」という潔さは、下手な統一感より強烈です。
こうなるとロードバイクおぢが見ているのは、もはや部品そのものではありません。その一台へ注ぎ込まれた時間とこだわりです。純正状態から何を残し、どこを変更し、何を選んだのか。細部を追うほどオーナーの趣味が透けて見える気がして、ついついチェック項目が増えてしまいます。そして小さな変更を見つけるたび、「これはプラス」「これもプラス」と点数を積み上げます。審査基準は本人しか知りません。採点結果を発表する予定もありません。それでもロードバイクおぢの中では、誰にも開催を頼まれていない愛車品評会が着々と進んでいるのです。
まとめ|頼まれてもいないのに総額を出すおぢ
ここまで来れば、ロードバイクおぢが最後にやることは決まっています。目に入った各部の情報を寄せ集め、「これ全部でいくらなんだ?」という誰も質問していない問題の答えを出します。車体がだいたいこの価格帯、足まわりにこれくらい、その他の交換箇所も含めれば……と暗算を重ね、最終的に「ざっくり100万円コースか」と着地します。持ち主はただ楽しくサイクリングしているだけなのに、知らないところで勝手に資産価値を算出されています。もちろん査定結果を伝えることもなければ、買い取る予定もありません。
さらに金額が大きくなるほど、余計な妄想まで膨らみます。「150万円はいってそうだな」となれば、次に浮かぶのは「これ家族にはいくらって言ってるんだろう」です。120万円のロードバイクを「まあ、ちょっといい自転車だよ」で押し通しているのか、堂々と全額申告しているのか。そこは愛車とは一切関係のない話ですが、おぢの想像力は止まりません。車体価格から始まったはずなのに、最終的には他人の家庭事情にまで踏み込みかけています。完全に余計なお世話です。
そして計算が終わると、今度は自分の愛車と比べたくなります。「俺のほうが安いな」と安心したり、「いや待て、今まで交換した分を全部足したら……」と急に顔が曇ったりします。購入時には「趣味として考えればそんなに高くない」と自分を納得させていたのに、数年間の出費を合算すると笑えない数字が出てくることがあります。そこで計算をやめるのもロードバイクおぢの優れた危機管理能力です。知らなくていい総額というものは、この世に確実に存在します。
結局のところ、他人のロードバイクを見てあれこれ考える時間そのものが楽しいのでしょう。速さも用途も好みも人それぞれで、値段がその一台の価値を決めるわけではありません。そんな当たり前のことは十分承知しています。それでも目の前に魅力的な一台が現れれば、「あれ結構するぞ」と反射的に計算してしまいます。依頼なし、見積書なし、手数料なし。それなのに仕事だけは妙に早い。今日もどこかのサイクルラックの前で、ロードバイクおぢによる非公式な総額算出がひっそり行われているのです。


コメント