【疑問】なぜローディーは全員ラーメン狂いなのか?

ロードバイクおぢ

ロードバイクに乗る人間は、週末になると驚くほどの距離を爆走し、山を登り、限界まで自分を追い込みます。それほどまでにストイックで健康的なライフスタイルを送っているはずの彼らが、なぜか吸い込まれるように向かう聖地があります。それこそが、お世辞にもヘルシーとは言えないカロリーの塊、ラーメン屋です。

「サイクルウェアを着た集団が、なぜか激ウマな麺類を前にして全員ニヤニヤしている」という光景は、もはや日本のロードバイク界における初夏の風物詩であり、避けて通れない伝統芸能と言っても過言ではありません。

今回は、なぜローディーたちがこれほどまでにラーメンの魔力に狂わされ、抗うことなくスープを飲み干してしまうのか、その愛すべき生態と謎のメカニズムを面白おかしく解き明かしていきます。

なぜローディーはラーメンを愛し求めるのか

ロードバイク乗りの生態を熱心に観察していると、彼らの精緻な頭脳は週末になると非常に単純な構造へと退化してしまうのではないかと疑いたくなります。何十万、時には何百万という大金を投じた最先端の超軽量カーボンマシンにまたがり、まるで世界の頂点を極めるプロ選手のような洗練されたオーラを全身から醸し出しているにもかかわらず、彼らが目指す最終目的地は、おしゃれなリゾートカフェではなく、昭和の香りが色濃く漂う油ギッシュな濃厚中華そば屋だったりするからです。

きつくて長い峠道を必死の形相で登りきり、誰もが感動するような大パノラマが眼前に広がった瞬間に彼らの口から飛び出す言葉は、大抵の場合「大自然の素晴らしい美しさ」ではありません。ゼーゼーと激しく肩を揺らしながら、スマートフォンで「現在地 近くの家系」などと必死に検索を始めるのが、この愛すべき生き物たちの標準的な仕草なのです。

どれほど日頃からストイックに体脂肪率を管理し、トレーニング理論を熱く語り合っていても、ひとたび鼻腔をくすぐる豚骨や醤油の芳醇な香りが漂ってくれば、積み上げてきた全ての知性は一瞬で吹き飛び、ただの飢えた麺類信者へと早変わりしてしまいます。彼らにとって高価な自転車を全力で走らせるという過酷な行為は、実のところお目当てのどんぶりへと最短ルートで駆けつけ、罪悪感なくそれを胃袋に収めるための都合の良い言い訳に過ぎないのかもしれません。

まさに目の前に差し出された至高の一杯を前にしたとき、彼らは普段被っている硬派なアスリートの仮面を綺麗さっぱりかなぐり捨てます。ただ本能と物欲の赴くままに箸を動かし、レンゲでスープを貪り続ける無邪気な子供のような存在へと還っていくのです。

消費したカロリー以上のカロリーを摂取する魔力

サイクリストたちが熱心に行う消費エネルギーの計算には、驚くほど都合の良い不思議な数式のマジックが働いています。彼らはサイクルコンピューターの画面を見つめ、今日の過酷なライドで2,000キロカロリーを消費したという現実を確認した瞬間に、まるで無限の免罪符を手に入れたかのような無敵の錯覚に陥るのです。

この数値さえあればどんな高カロリーな食べ物をも胃袋へ収めて構わないと確信し、満面の笑みで暖簾をくぐり抜けていきます。しかしながらここに恐ろしい罠が潜んでおり、彼らが注文するのは標準的な一杯だけに留まりません。

当然のように背脂がたっぷりと浮いた濃厚なスープを選択し、そこへさらに大盛りチャーシューや味付け玉子を贅沢にトッピングし、極めつけには白米のサイドメニューまで追加してしまいます。

こうして目の前に完成した超高密度な炭水化物と脂質の要塞は、先ほどまで山道で必死に削り落としてきたはずの消費数値を、信じられないほどのスピードであっさりと超越していきます。差し引きの計算をすれば完全に大赤字、すなわち摂取エネルギーの過剰摂取という結果に終わっているのですが、彼らの脳内ではなぜか大成功のダイエットとして処理されているから不思議です。

汗を流して健康を手に入れたはずの身体に、それ以上の熱量を力技で叩き込むという本末転倒な行為を、これほどまでに嬉々として実行できる人種は他にいません。彼らにとって大切なのは厳密な数値の帳尻合わせではなく、限界まで追い込んだ肉体に背徳感という最高のスパイスを注ぎ込むという、あまりにもエネルギッシュで破天荒な快楽の追求なのです。

スープの塩分が体に染み渡る至高の瞬間

長時間のペダリングによって体内の水分とミネラルを極限まで絞り出されたサイクリストの肉体は、いわば干からびたスポンジのような状態に陥っています。この干飢の極みに達したタイミングで差し出される濃いめのスープこそが、彼らにとっての究極の合法的な栄養剤へと変貌を遂げるのです。

一般の人が少し塩辛いと感じるレベルの味付けであっても、汗まみれになった彼らの味覚にはこれ以上ない極上の甘露として知覚されます。レンゲですくい上げた液体を一口喉へと流し込んだ瞬間、驚くべきことに彼らの目元はとろけ、全身の力が抜けてシートへ深く沈み込んでいく光景を目撃できるはずです。

まさにナトリウムという名の快楽物質が干からびた細胞の一つ一つに瞬時に浸透し、疲弊しきった神経系を力づくで覚醒させていく奇跡の時間と言えます。

彼らはよくスポーツドリンクの優秀さを科学的に語りたがりますが、この瞬間の様子を見る限り、どんな高機能な水分補給飲料よりも、塩分が強烈に効いたお馴染みのラーメンスープを熱狂的に信奉しているのは間違いありません。失われたミネラルを取り戻すという大義名分のもと、まるで砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、ただ一心不乱に塩の海へと溺れていくのです。

健康のために走り出したはずの人々が、最終的には健康診断の数値を脅かしかねない塩分の濃縮体に魂を売り渡してしまうこの劇的な転換劇は、何度見ても飽きることがないロードバイク界屈指のコミカルなスペクタクルと言えるでしょう。

サイクルウェアで暖簾をくぐる時の緊張感

ピチピチの戦闘服に身を包んだ集団が一般社会の店舗へと突入する瞬間には、独特の奇妙な空気が張り詰めます。カラフルなロゴが全身にプリントされた、身体のラインを一切隠さないサイクリング用の衣装は、大自然の道の上ではどれほど決まって見えても、一歩街中の飲食店に足を踏み入れた途端に強烈な異物感を放ち始めるからです。

一般のお客さんが静かに食事を楽しんでいる狭い店内に、プラスチック製の硬い靴底をカツカツと響かせながら進む姿は、まるで宇宙人が地球の食堂に迷い込んできたかのようなシュールさがあります。本人たちもその自覚があるのか、暖簾を押し分ける直前にはそれまでの威勢の良さが嘘のように消え失せ、急に借りてきた猫のように縮こまって入場していく様子は非常にユーモラスです。

特にヘルメットを脱いだ後の髪型が汗で奇抜に固まっていたり、サングラスの跡が逆パンダのように顔に残っていたりする状態で、相席になった一般の方と目が合った時の気まずさは筆舌に尽くしがたいものがあります。それでも彼らが店外へ退却しないのは、気恥ずかしさよりも目の前のグルメに対する欲望が完全に勝っている動かぬ証拠です。

周囲の視線を適度な緊張感として楽しみつつ、お腹を満たすためなら多少の羞恥心など喜んで差し出すその潔い姿勢からは、ある種の清々しささえ感じられます。

屋外に止めた愛車の元へ戻るための早食い

カウンター席に座り至高のどんぶりが目の前に運ばれてきた瞬間、彼らの脳内で別のカウントダウンが容赦なく開始されます。なぜなら店舗の外にある細いガードレールにしがみつくようにしてワイヤーロックで固定された彼らの愛車は、信じられないほどの高額で取引される、窃盗団にとって格好の標的だからです。

鍵をかけているから大丈夫という甘い見通しは通用せず、食事をしているわずか10分の間にパーツが丸ごと消え去る悪夢のような現実が常に頭をよぎります。これにより注文した品が到着した途端、彼らは味わって食べるという文化的な行為を放棄し、まるで時間制限のある大食い大会の挑戦者のように猛烈な勢いで麺をすすり込み始めるのです。

超高温のスープで口内を火傷しようが、噛む回数が足りずに胃袋に過度な負担がかかろうが、彼らにとっては外の治安の方が一大事です。

一口ごとにスマートフォンの画面で外の様子を確認したり、窓際の席から首を長くして駐輪スペースを凝視したりするその姿は、完全に挙動不審な不審者そのものと言えます。せっかくのグルメを味わうリラックスタイムのはずが、常に背後からの恐怖に怯えながら炭水化物を力任せに胃袋へ流し込む過酷なミッションへと変貌を遂げてしまうのです。

無事に完食してスープを飲み干した刹那、彼らは余韻に浸る間もなく伝票をひったくり、レジへ突進して店外へと飛び出していきます。自分の五感を満たす至福の時間でさえも、愛する相棒のセキュリティ問題に全てを支配されてしまう彼らの悲しい習性は、傍から見ている分にはこれ以上ないほどコミカルでユーモラスなドタバタ劇に映ります。

結局は替え玉まで愛のがすサイクリストの宿命

恐怖の駐輪パニックを乗り越えて胃袋に最初の麺を収めたサイクリストたちを待っているのは、さらなる底なしの底なしの誘惑です。壁に貼られた追加注文を促す色鮮やかな短冊を見つめた瞬間、彼らの自制心はあっけなく崩壊し、気がつけば右手が高々と上がって「おかわりをお願いします」という魔法の呪文を唱えています。

最初に器へ盛られていた量だけで満足できるほど彼らの強靭な消化器官は甘くなく、むしろ走ってきた距離に比例して、そのブラックホールのような吸引力は凄まじさを増していくばかりです。湯気が立ち上る新たな固まりがスープへと投入されるたびに、彼らのモチベーションは再び最高潮へと達し、まるで本日2回目のスタートラインに立ったかのような新鮮な輝きを瞳に取り戻します。

こうして限界を超えて小麦粉の塊を詰め込み続けた結果、お会計を済ませて外に出る頃には、走る前よりも明らかに身体が重くなっているという信じられない怪現象に直面することになります。

前傾姿勢を取るたびにパンパンに膨らんだお腹がフレームに干渉し、帰り道のペダリングが往路よりも遥かに過酷な修行へと変わっていく様子は、まさに自業自得という言葉がぴったりです。

どれほど学習しても毎回同じ過ちを笑顔で繰り返し、最終的には苦しそうに息を吐きながらペダルを回し続ける彼らの姿は、サイクリストという生き方に課せられた永遠の宿命なのかもしれません。

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