先日、荒川のサイクリングロードを登っていたとき、パンク修理で停車している人とすれ違いました。その方はもう修理を終えて走り出そうとしていましたが、ふと自分が初めて独りでパンク修理したときのことを思い出してしまいました。あの時はどうしたらいいのか、よくわからず、全部初めてのことだったので本当に焦りましたね。そんな経験を積んだからこその今なのでしょうが、今日は自分を成長させてくれた初めてのトラブルをエモい瞬間にお届けしたいなと。
苦戦を、重ねた、パンク修理
ロードバイクを始めたばかりの頃、パンクは何よりも恐ろしいトラブルだった。家から遠く離れた場所でタイヤの空気が抜けたらどうしよう。修理できなかったら帰れないかもしれない。そんな不安を抱えながら、毎回少しだけ緊張して走っていた記憶がある。
初めてパンクした日のことは今でも覚えている。いつもどおり気持ちよく走っていたのに、突然後輪から伝わってきた妙な感触。路肩に停車してタイヤを指で押すと、明らかに空気が抜けていた。周囲に自転車店はなく、助けを呼べる仲間もいない。携帯していた予備チューブとタイヤレバーを取り出したものの、いざ作業を始めると何から手をつければいいのかわからなかった。
スマートフォンで手順を確認しながら、何度もタイヤレバーを差し直した。ようやくタイヤが外れたと思えば、新しいチューブがうまく収まらない。携帯ポンプで空気を入れるだけでも一苦労だった。汗だくになりながら、何十分もかけて修理を終えたときの安堵感。再びペダルを踏み出せたことが、あれほど嬉しかった日はなかった。
あれから何年か経ったある日、久しぶりに出先でパンクした。かつては絶望的に感じたタイヤの違和感も、今では冷静に受け止められる。安全な場所に自転車を移し、ホイールを外して原因を確認する。手順を思い出す必要もなく、指先が自然に動いていく。修理を終えて工具を片付けるまで、もう大きな不安を感じることはなかった。
再び走り始めたとき、不意にあの日の自分を思い出した。道端にしゃがみ込み、慣れない工具と格闘していた初心者の姿。あの頃は遠くまで走れるようになることや、速く坂を登れるようになることばかりが成長だと思っていた。でも、自分の力でトラブルに対処できるようになったことも、確かな進歩なのだろう。
見慣れた道へ戻り、何事もなかったようにペダルを回す。特別な景色が広がっているわけでも、記録を更新したわけでもない。ただ、以前なら途方に暮れていた出来事を、今では旅の途中の小さな出来事として受け止められる。
ロードバイクが教えてくれる成長は、サイクルコンピューターの数字に表れるものばかりではない。あの日、道端で必死に覚えたことが、今の自分を少しだけ頼もしくしている。そんなことに気づいた帰り道は、いつもより少し誇らしかった。


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