何度も走ったお気に入りのコースには、自然と立ち寄る場所ができるものです。補給や休憩でお世話になった小さな個人商店も、そのひとつではないでしょうか。今回は、ライドの思い出が詰まった「あの店」がなくなってしまった日の、少し切なくて心に残る瞬間をお届けします。
今まで、ホントに、ありがとう
ライド中に立ち寄る店には、不思議な存在感がある。観光地の有名店でもなければ、SNSで話題になるような場所でもない。ただコースの途中にあって、飲み物を買ったり、アイスを食べたり、トイレを借りたりするだけの小さな個人商店だ。毎回立ち寄るわけではない。それでも何年も同じ道を走っていると、その店はいつの間にかライドの風景の一部になっている。
その日も久しぶりにお気に入りのルートを走っていた。河川敷を抜け、田畑の中を進み、見慣れた交差点を曲がる。すると自然と頭に浮かぶ。「あの店で少し休憩するか」。真夏には冷たい炭酸を買い、真冬には温かい缶コーヒーを買った。補給食を忘れた日に菓子パンを買ったこともある。店主とは大して話したこともない。顔を合わせれば軽く会釈をする程度。それでもロードバイクで何度も訪れた場所には、数字では測れない思い出が積み重なっている。
ところがその日、店の前まで来た瞬間に違和感を覚えた。入口にはシャッターが下りている。シャッターには一枚の紙が貼られていた。閉店のお知らせ。思わず足を止める。
困るわけではない。少し先へ行けばコンビニはいくらでもある。けれど胸の奥が妙にざわつく。考えてみれば、この店は自分のロードバイク人生の様々な場面を知っていた。初めて100kmを走った日も、暑さでへばった日も、仲間と笑いながら立ち寄った日も、この場所があった。
ロードバイクで走っていると、景色も街並みも少しずつ変わっていく。それでも変わらずそこにあると思っていた場所が消えると、自分が過ごしてきた時間まで振り返らされる。閉じられたシャッターを眺めながら、もうあの店で缶コーヒーを買うことも、ベンチで休むこともないのだと実感する。
そして少し寂しい気持ちのまま再びペダルを踏み出す。走り始めると景色はいつも通り流れていく。けれど、その日からその道は少しだけ違う道になる。あの店はなくなってしまった。しかし真夏の暑さの中で飲んだ炭酸の味も、寒さに震えながら握った缶コーヒーの温もりも、これから先のライドの記憶の中で走り続けるのだと思う。



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