ロードバイクを趣味にすると、人生から消えるもの

ロードバイクおぢ

「趣味でロードバイクを始めました」

その一言から始まる生活は、一見すると健康的で充実した素晴らしい日々の幕開けに思えるかもしれません。しかし、この底なしの沼に一歩でも足を踏み入れてしまえば、それまでの平穏な日常や一般社会の常識は音を立てて崩壊していくことになります。

今回は、私たちが愛車のスペックと引き換えに、人生から静かに、そして確実に失っていく大切なものの数々をリアルに炙り出します。すべてを犠牲にしてもなおペダルを回し続けてしまう狂気のメカニズムを、ご自身の今の生活と照らし合わせながらご覧ください。

消えるもの① 正常な金銭感覚と貯金残高

趣味を始める前は数万円の出費にも慎重だったはずですが、この世界に足を踏み入れると経済の尺度が根底から崩壊してしまいます。最初は車体価格の高さに驚愕するものの、次第に感覚が麻痺していき、最終的には消耗品や小さなパーツの数万円が実質無料のように思えてくるから不思議です。

とりわけ軽量化や空力性能の向上を謳うカーボン製の部品は、数グラムの削減に対して信じられないほどの対価を要求してきます。普通の人から見れば単なるプラスチックの塊にしか見えないサドルやホイールに、給料の大部分を注ぎ込む様子は正気の沙汰ではありません。

冷静に考えれば恐ろしい金額を支払っているにもかかわらず、愛車のスペックが上がる喜びの前に口座の残高は二の次になってしまいます。気づいたときには銀行の預金が限界まで削り落とされ、毎月の生活を切り詰めながら次の機材購入を企てる自転車貧乏のサイクルが完成しているのです。

実質的に高級な鉄の塊を買い続けているような状態ですから、貯蓄という概念は頭の片隅からも消え去り、すべての経済活動が自転車を中心に回り始めます。これまで楽しんでいた他の娯楽や外食の機会を極限まで削ってでも、新しいタイヤや最新のコンポーネントを手に入れたいという衝動を抑えることができなくなります。

恐らく周囲の友人たちはあなたのお財布事情を本気で心配しているでしょうが、本人だけは「これは未来への投資だ」と満面の笑みで言い張り、次の給料日を指折り数えて待つ泥沼にどっぷりと浸かっているのです。

消えるもの② 週末の安らかな睡眠時間

日頃から仕事の疲労が蓄積している現代人にとって土日の朝は貴重な休息の場であるはずですが、ロードバイクに魅せられた人間は自らその特権を放棄します。まだ街全体が深い静寂に包まれている午前三時や四時にけたたましいアラームが鳴り響き、凍えるような暗闇の中で強制的に目を覚まさざるを得なくなります。

幸いにして平日の出勤時にはあれほど重かった体が、遠出のサイクリングに行くとなると驚くほどの俊敏さでベッドから飛び起きるから不思議なものです。周囲の人々が心地よい夢の世界に浸っている時間帯にわざわざ身体を締め付けるウェアに身を包み、冷たい空気が切り裂く静まり返った道路へと繰り出していきます。

当然ながら日の出とともにペダルを漕ぎ出す爽快感と引き換えに、慢性的な寝不足という代償を毎週末払い続ける羽目になります。目的地に着く頃には日差しが強くなり、お昼過ぎにへとへとになって帰宅した頃には貴重な休日の大半がすでに終わっているという現実に直面するでしょう。

一見すると充実したアクティブな生活を送っているように見えますが、その実態は疲労困憊の状態でリビングのソファに倒れ込み、夕方まで泥のように眠りこけるという本末転倒な休日です。翌週の仕事に備えて心身を休めるという本来の目的はどこへやら、月曜日の朝にはむしろ乗る前よりも体が重くなっているという皮肉な結末が待っています。

消えるもの③ 一般社会における正常な距離感

かつては電車や自動車で移動するのが当たり前だった長距離の旅路が、自分の両足で移動可能な日常の守備範囲へと変貌を遂げてしまいます。普通の人が旅行の計画を立てるような100キロメートルという隔たりを前にしても、脳内では「ちょっとそこまで散歩に行く」くらいの軽い感覚に書き換えられるから恐ろしいものです。

明らかに狂っている感覚なのですが、日常的に長距離を走り込んでいる仲間たちに囲まれているうちに、それが基準値として脳内に定着していきます。同僚との雑談の中で週末に隣の県まで往復してきたエピソードを気軽に話すと、相手が言葉を失ってドン引きしている表情に気づくことすらありません。

実際に公共交通機関の路線図を眺めてみても、駅の数や乗り換えの手間を考えるより自転車で直接向かった方が早いという謎の計算式が成立し始めます。少し遠方にある有名な飲食店へ食事に出かける際も、車で行くハードルよりペダルを漕いで峠を越えるハードルの方が低く感じられるのです。

見慣れた地図の縮尺が根底からバグってしまうため、もはや徒歩10分の移動を億劫に感じていた過去の自分には二度と戻れません。日本の国土が実質的に縮んだかのような錯覚を抱きながら、今日も一般社会の常識からはるか遠く離れた距離を涼しい顔で駆け抜けていくことになります。

消えるもの④ 自転車に頼らない交友関係

以前から仲の良かった友人たちと過ごす時間が徐々に減少し、スマートフォンの連絡先やSNSのタイムラインが同じ趣味を持つ仲間だけで埋め尽くされていきます。一般的な社会人が居酒屋で仕事や家庭の愚痴をこぼしている週末に、山奥の峠を登りながら苦悶の表情を浮かべているわけですから、会話の波長が合わなくなるのは当然の帰結です。

お互いに休日のスケジュールを合わせようとしても、こちらは早朝から日没までサドルの上で過ごす予定でびっしりと埋まっているため、誘いを断り続けるうちに自然と声がかからなくなります。たまに集まる機会があっても、世間の流行やエンタメの話題についていけず、頭の中では次に購入するパーツのことで一杯になっている自分がいることに気づくでしょう。

結果として一緒にいて一番居心地が良いと感じる相手は、自分と同じように金銭感覚が狂っており、過酷な長距離走行を笑顔で共にしてくれるサイクリストの集団へとシフトしていきます。彼らとの会話は専門用語のオンパレードであり、部外者から見ればまるで未知の言語を話す秘密結社のように映っているに違いありません。

本当に大切な人間関係までをも削ぎ落とした結果、気がつけば周囲にはヘルメットを被った姿しか知らない「チャリ友」しか残っていないという孤独な状況に直面します。それでも同じ苦しみを分かち合った仲間との絆に満足し、過去の交友関係が希薄になった寂しさすらペダルを漕ぐ風の中に置き忘れてしまうのです。

消えるもの⑤ まともな私服への関心

クローゼットを開けると色鮮やかなサイクルジャージや機能性重視のウインドブレーカーが大部分を占拠し、街歩き用の衣類は部屋の隅へと追いやられてしまいます。かつては季節のトレンドを追いかけたりお気に入りのブランドショップに足を運んだりしていた若者であっても、衣服に対する評価基準がすべて吸汗速乾性と伸縮性の有無に一新されるから不思議です。

仮に休日のお出かけ用に新しい洋服を新調しようと考えても、その予算があれば最高級の防風ジャケットや冬用のビブタイツが買えてしまうという邪念が頭をよぎります。布切れ一枚に大金を払うのが急に馬鹿らしく思えてしまい、結局は数年間着古したヨレヨレのTシャツとジーンズで十分だという結論に達してしまうのです。

実際に私生活で出かける場面でも、高機能なアウトドアウェアや自転車メーカーのロゴが入ったアパレルを普段着として流用する悪癖が定着し始めます。周囲の視線からは明らかに浮いているスポーティーすぎるコーディネートであっても、本人にとっては動きやすくて快適な最強の戦闘服に他なりません。

完全にファッションに対する情熱の方向性が歪んでしまった結果、異性とのデートや冠婚葬祭といった大人の社交場に着ていく服がクローゼットから絶滅している事実に直面します。どれほど高級なブランド物よりも、風の抵抗を極限まで減らしてくれるタイトなスポーツウェアこそが至高のデザインであると盲信する狂気のクローゼットが完成するのです。

まとめ

数々の貴重な財産や平穏な日常を犠牲にしながらも、私たちはこの二輪の乗り物がもたらす底なしの魅力に抗うことができません。客観的に見れば常識外れな出費を重ね、過酷な早朝に飛び起き、世間一般のライフスタイルから逸脱していく道程は自滅行為のようにも映ります。

しかしながらそれら全ての喪失と引き換えに、私たちは風を切る圧倒的な爽快感や、己の肉体だけで未知の領域へと到達する至高の達成感を手に入れています。失ったものの大きさを嘆くどころか、むしろ余計な娯楽や見栄が削ぎ落とされたことで、純粋に走る喜びだけが凝縮された濃密な人生へと昇華していくのかもしれません。

たとえ周囲から呆れられ、まともな社会生活のバランスが崩壊しようとも、一度狂ってしまった感覚を元に戻すことは不可能です。これからも手元に残った愛車と共に、消え去った常識の数々には目もくれず、ただ前方の美しい景色だけを追い求めてペダルを回し続けていくのでしょう。

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