【坂道】ローディーの「平坦だから」は信用できない

ロードバイクおぢ

一般人にとっては立派な登り坂でも、ローディーに言わせれば斜度5%までは平坦。6%でようやく坂道と認め、10%の激坂ですら「まぁまぁだね」と謎の強がりを見せます。ところが、そんな坂道自慢のローディーも、電動アシスト自転車には涼しい顔で抜かれてしまうことがあるのです。今回は、もはや常識が通用しないローディーの坂道感覚と、無駄に高いプライドを面白おかしく掘り下げます。

ローディー、斜度5%までは平坦という常識

世間一般では、道路が上り始めればそこは坂道です。ところが、ロードバイクを趣味にする人たちの間では、この当たり前の認識が通用しないことがあります。彼らの一部には「斜度5%までは平坦」という独自の基準が存在するからです。道路が明らかに傾斜していても、本人が平坦だと言い張れば平坦になるという、もはや地形すら無視した世界観です。

この謎の常識が最も威力を発揮するのが、グループライドのコース選びです。「今回は平坦メインだから気楽に走ろう」と誘われ、安心して参加したはずなのに、気づけば目の前には上り坂。思わず「ここって坂ですよね?」と確認すると、「え?このくらい平坦でしょ?」という理解不能な返答が飛んできます。どうやら彼らの世界では、道路が水平かどうかよりも、自分の脚が悲鳴を上げているかどうかが重要なようです。

さらに厄介なのが、平坦という言葉に対する絶対的な自信です。サイクルコンピューターが上り勾配を示していても、「まだ平坦だから」と一切の迷いがありません。誰がどう見ても坂なのに、本人だけが頑として認めないのです。もはや道路の傾斜を測定する機械より、自分の感覚を信じているのでしょう。ここまでくると、必要なのはトレーニングではなく、水平という言葉を辞書で引き直すことかもしれません。

しかも、こうしたローディーに限って、平坦コースを選んだ自分の優しさを疑いません。「今日は登りを入れていないから」と得意げに説明しますが、参加者の脚にはしっかり疲労が蓄積しています。坂道をコースに組み込んだ自覚がないのですから、反省する可能性もゼロに近いでしょう。

もちろん、すべてのローディーが同じ考え方をしているわけではありません。しかし、坂道に慣れすぎた結果、いつの間にか世間の常識から離れてしまう人がいるのも確かです。ローディーが言う「平坦だから」は、地形の説明ではなく、本人の感想だと思って聞いたほうがよさそうです。

一般人にとって斜度5%は普通に登り坂

ローディーが平坦と言い張る斜度5%ですが、普段から自転車に乗っている人でも、決して楽に走れる傾斜ではありません。そもそも勾配5%とは、水平距離100m進むごとに5mの高さを登る坂道です。これが1km続けば標高差は50m、5kmなら250mにもなります。もはや近所のちょっとした坂ではなく、立派な登坂コースです。これを平地扱いするのですから、ローディーの辞書には「水平」という概念が存在しないのかもしれません。

例えば一般的なママチャリで斜度5%の道を登る場合、短い距離なら何とか走れても、長く続けばかなりの負担になります。変速機のない自転車なら、途中で立ち漕ぎをしたくなる人もいるでしょう。買い物帰りでカゴに荷物が入っていれば、なおさら大変です。息を切らしながら必死にペダルを踏む横を、ピチピチのサイクルウェアを着たローディーが「今日は平坦で気持ちいいですね」と通過していくのですから、嫌味にもほどがあります。

さらに徒歩でも、斜度5%の上りが長く続けば脚への負担を感じます。坂道の多い住宅街では、毎日の通学や買い物で苦労する人もいるでしょう。そんな場所を指さして「ここは平坦ですね」と言われたら、住民としては坂道そのものより、その発言に腹が立つかもしれません。

もちろん斜度5%が極端な激坂というわけではありません。ロードバイクで登り慣れた人にとっては、比較的走りやすい勾配であることも事実です。しかし、それは坂道ではないという意味ではなく、本人が苦痛を感じにくくなっているだけです。道路の傾きは脚力によって変化しません。

一般人が「この坂、結構きついですね」と言っている隣で、「いや、まだ5%だから」と涼しい顔をするローディー。まるで勾配が低ければ疲れてはいけないという、謎のルールでも存在するかのようです。斜度5%は十分に上り坂です。そろそろローディーには、鍛え上げた脚力だけでなく、世間一般の感覚も取り戻していただきたいものです。

一般人は斜度3%でも坂道と感じる

ローディーにとって斜度3%など、もはや誤差のような存在です。サイクルコンピューターに勾配が表示されても「今日は少しペダルが重いな」程度で済ませてしまいます。しかし、普段からスポーツ自転車に乗っていない人にとっては、3%でも十分に坂道です。特にママチャリでは、平らな道路との違いを脚ではっきり感じることがあります。ローディーが鼻歌交じりに走る道でも、世間では立派な上り坂として認識されているのです。

斜度3%とは、水平距離100mにつき3mの高さを登る傾斜です。数字だけ見ると大したことがなさそうですが、これが延々と続けば話は別です。例えば2km続けば標高差は60mになります。通勤途中にこんな道があれば、朝から職場に到着する前にひと仕事終えた気分になるでしょう。しかも夏場なら汗だくです。会社に着いた時点でシャツは湿り、髪型は崩れ、まだ始業前なのに帰宅したくなる人がいても不思議ではありません。

街中でも橋の上り坂や住宅街の緩やかな傾斜など、3%程度の勾配に遭遇する機会はあります。自動車ならほとんど気にならなくても、自分の脚で進む自転車では事情が異なります。カゴに買い物袋を積み、向かい風まで吹いていれば、立派な苦行の完成です。ところが、そこへ現れたローディーは「この道、ほぼ真っすぐで走りやすいですね」と意味不明な感想を残して去っていきます。真っすぐなのは進行方向だけで、道路はしっかり上を向いています。

さらに厄介なのは、ローディーが3%程度の勾配をコースの説明から省略しがちなことです。「坂はないですよ」と聞いて安心していたら、実際には緩い上りが何度も登場します。本人にとっては報告する価値すらない小さな起伏なのでしょう。しかし、それを聞かされる側にとっては、完全な情報隠蔽です。

もちろん3%は急坂と呼ぶほどの勾配ではありません。それでも上り坂であることに変わりはないのです。ローディーの皆さんには、坂道の存在を判断する際、せめて自分の太ももではなく道路の傾きを基準にしていただきたいものです。

ローディー、斜度5%以上で初めて坂道と認めがち

ローディーの坂道認定には、どうやら厳格な審査基準が存在するようです。道路が少々上を向いている程度では、簡単に坂道の称号を与えてくれません。しかし、斜度が5%を超えたあたりから、ようやく「おっ、登りですね」と反応し始めます。一般社会ではとっくに坂道として認識されている場所でも、彼らの中では今まさに山岳地帯への入場ゲートが開いたところなのです。

とはいえ、坂道と認めたからといって、素直にきついと言うわけではありません。むしろ、ここからローディー特有の謎のプライドが顔を出します。斜度6%なら「緩い登り」、7%でも「走りやすい坂」、8%になっても「まだ余裕ですね」と、勾配が増すほど強がりの表現が豊富になっていきます。脚には確実に負荷がかかっているはずなのに、口から出てくる言葉だけは妙に軽やかです。どうやら彼らにとって、坂道で苦しそうな姿を見せることは、ローディーとしての威厳に関わる重大問題なのでしょう。

さらに面倒なのが、勾配の数字に対する異常なこだわりです。「ここは平均6%くらいかな」と聞かれてもいないのに解説を始め、「この先は一瞬だけ9%になるよ」と余計な情報まで教えてくれます。同行者が知りたいのは、あと何kmで坂が終わるのかという一点だけです。しかし、なぜか返ってくるのは詳細な勾配分析ばかり。坂道を登っているのか、道路の測量調査をしているのか分からなくなります。

しかも不思議なことに、斜度が厳しくなるほど「大したことない」という態度を取りたがります。速度が落ちても、ギアを一番軽くしても、表情だけは平静を装います。苦しくないのではありません。苦しいと認めたくないのです。誰も強がることを求めていないのに、勝手に自分との心理戦を始めています。

もちろん、登坂能力には個人差があり、同じ傾斜でも余裕を持って走れる人はいます。しかし、坂道を坂道と認めることと、その坂をきついと認めることは、どうやら別問題のようです。斜度5%を超えてようやく登りの存在を認めたかと思えば、今度はどれだけ急になっても平気な顔をしようとするのです。では、斜度10%を超えるような激坂では、さすがに弱音を吐くのでしょうか。残念ながら、ローディーの強がりはそんなに簡単には終わりません。

ローディー、斜度10%以上の激坂でもまぁまぁと強がる

斜度10%ともなれば、もはや誰がどう見ても立派な激坂です。道路は露骨に空へ向かって伸び、少し先を見上げるだけで嫌な予感がします。普通の感覚なら「こんなところを自転車で登るなんて正気か?」と思うような道ですが、ローディーは違います。勾配を確認するなり「まぁまぁですね」と謎の余裕を見せるのです。何がまぁまぁなのか、誰も説明してくれません。

ところが、そんな強気な発言とは裏腹に、身体は正直です。さっきまで軽快に回していたペダルは急に重くなり、速度はみるみる低下。呼吸は荒くなり、額から汗が噴き出し、太ももは悲鳴を上げています。それでも口を開けば「なかなかいい坂ですね」と涼しい顔を装います。もはやサイクリングではなく、苦痛を隠す演技力の競技です。アカデミー賞に坂道部門があれば、間違いなく有力候補でしょう。

さらに恐ろしいのは、仲間から「きつくないですか?」と聞かれたときの反応です。「いや、全然。まだ大丈夫」と答えますが、その声は明らかに途切れ途切れです。ひと言しゃべるたびに大量の酸素を消費するため、会話そのものが命懸けになっています。それでも弱音だけは吐きません。誰も無理を強いていないのに、勝手にプライドを懸けた戦いを繰り広げているのです。

斜度がさらに上がっても、この見栄っ張りな性格は簡単には変わりません。12%なら「ちょっと踏み応えがありますね」、15%なら「なかなかパンチがありますね」と、まるでグルメ評論家のように感想を述べ始めます。脚が限界に近づいているのに、語彙だけはやたら豊富です。ここまでくると、素直に「きつい」と言ったら負けになる謎のゲームを楽しんでいるようにしか見えません。

もちろん、本当に余裕で登ってしまう強者も存在します。しかし、苦しさを必死に隠しているローディーにとって、最大の敵は急勾配ではなく自分自身の見栄なのかもしれません。どれだけ息が上がっても「まぁまぁ」のひと言で済ませようとする姿勢だけは、ある意味で尊敬に値します。ただし、本人の心肺機能はまったく尊敬していないはずです。

そんなローディーも坂道じゃ電アシには負ける

斜度10%の激坂ですら「まぁまぁですね」と強がるローディーですが、そんな彼らにも恐ろしい天敵が存在します。それが電動アシスト自転車、通称「電アシ」です。高価なカーボンフレームに軽量ホイール、鍛え上げた脚力を武器に山を攻略するローディー。しかし、その横を買い物カゴ付きの電アシが何事もなかったかのように登っていくことがあります。しかも乗っているのは、普段着のお母さんだったりするのです。

想像してみてください。歯を食いしばりながら激坂に挑み、心拍数は上昇、呼吸も限界に近づいている状況です。そこへ背後から「すみませ〜ん」と声が聞こえ、振り返ると電アシに乗った女性が接近しています。そして次の瞬間、涼しい顔でスーッと追い抜いていくのです。何十万円もかけて軽量化した愛車が、前カゴに大根を積んだママチャリに敗北する瞬間です。もはやロードバイクの存在意義を問い直したくなるでしょう。

さらに精神的なダメージを与えるのが、相手に競争している自覚がまったくないことです。こちらは必死にペダルを踏んでいるのに、電アシ側は夕飯の献立でも考えているかのような表情。ローディーにとっては人生を懸けた登坂勝負でも、相手にとってはスーパーから自宅までの帰り道でしかありません。しかも信号待ちで再び並んだとしても、発進時のアシストによって、また軽やかに先行される可能性があります。勝手に始めた勝負なのに、勝手に心を折られてしまうのです。

もちろん電アシが常にロードバイクより速いわけではありません。日本の一般的な電動アシスト自転車は、速度が上がるにつれて補助力が弱まり、時速24kmでアシストがなくなる仕組みです。しかし、速度が落ちやすい急勾配ではモーターの補助が大きな助けになります。特に低速で登る場面では、脚力だけで走るローディーにとって手強い存在です。

散々「坂なんて余裕」と豪語していたのに、最後は電アシにあっさり抜かれる。しかも相手は何の勝利宣言もせず、そのまま帰宅してしまいます。残されたローディーにできるのは、「いや、こっちは人力だから」という誰にも聞かれていない言い訳だけです。坂道に対するプライドは高くても、モーターの前では案外あっけないものなのです。

まとめ|ローディー、坂道でもイキリがち

ロードバイクに乗り続けていると、いつの間にか坂道に対する感覚がおかしくなってくるようです。斜度5%までは平坦扱い、それを超えてようやく登り坂と認めるものの、10%の激坂でも「まぁまぁですね」と余裕ぶってしまいます。もはや勾配の問題ではなく、どれだけ強気な発言ができるかという精神力の勝負です。道路の傾きよりも、ローディーのプライドの高さを測定したほうが面白い結果になるかもしれません。

そもそも自転車で坂道を登ることに、これほど見栄を張る必要があるのでしょうか。苦しければ苦しいと言えばいいですし、脚が疲れたなら休んでも構いません。ところが、なぜかローディーの世界では「きつい」と口にした瞬間、敗北が確定するかのような空気が漂うことがあります。別に誰とも競争していないのに、勝手に戦いを始め、勝手に意地を張り、勝手に疲れ果てているのです。実に忙しい趣味といえるでしょう。

さらに厄介なのは、自分の坂道感覚を他人にも適用してしまうことです。「このコースなら登りはほとんどありません」と紹介しておきながら、実際には何度も坂が登場します。文句を言われても「いや、あれは丘みたいなものだから」と意味不明な釈明を始めます。どうやら地形の分類まで自己申告制になっているようです。そんな説明を真に受けてしまった人は、次回からルートの標高プロフィールを確認する習慣が身につくことでしょう。

そして、散々強がった末に電アシに追い抜かれるという、見事なオチまで用意されています。数十万円の機材と日々のトレーニングをもってしても、モーターの力には太刀打ちできない場面があるのです。本人は「電動だから当然」と納得したふりをしますが、心の奥では少しくらい悔しいはずです。

とはいえ、こんな無意味な意地の張り合いも、ロードバイクという趣味の面白さのひとつです。ただし、強がるあまり無理をしたり、他人に自分の基準を押し付けたりするのは禁物です。坂道を攻略する楽しさと、坂道でイキる楽しさは別物なのですから。次にローディーから「今日は平坦だから」と誘われたら、ひとつだけ確認しておきましょう。「それは一般社会の平坦ですか? それともローディー界隈の平坦ですか?」と

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