ロードバイクに乗らない人へ何気なく話すと、「え?どういうこと?」と真顔で聞き返される言葉があります。「今日はたった100km」「これくらいは坂じゃない」「10万円なら安い」といった発言は、ローディー同士なら笑ってうなずけても、一般の感覚ではなかなか理解されません。しかし本人たちは冗談ではなく、本気でそう思っています。
今回は、ロードバイクに乗る人だけが当たり前のように口にする、一般人には理解し難い妄言を集めてみました。あなたはいくつ共感できますか。
今日はたった100km
「今日はたった100kmです」と聞いて、一般人が思い浮かべるのはドライブやちょっとした旅行です。車なら高速道路を使い、休憩を挟み、場合によっては宿泊まで考える距離でしょう。しかしローディーは、朝に出発して昼過ぎには帰れる軽めの運動として100kmを提示します。「今日は近場です」「軽く流すだけです」と言いながら、県境を越えていることも珍しくありません。ロードバイクに乗り続けると脚力より先に距離感が壊れ、100kmが日常側へ勝手に引っ越してきます。
初心者の頃は30kmでも大冒険だったはずです。50kmを走れば達成感に浸り、100kmへ到達すれば大記録として喜びます。それが慣れてくると、50kmは物足りず、70kmは午前中、100kmでようやく普通という謎の基準へ変化します。先週は150km、仲間は200kmを走ったという記憶が比較対象になるため、100kmが急にかわいらしく見えるのです。ロードバイク界隈では200kmを見た後の100kmは、ほぼ半額セールです。
しかも「100kmだけ走る」という予定が、本当に100kmで終わるとは限りません。気になる道へ寄り、少し先のカフェへ向かい、帰宅目前でサイコンが97kmなら帳尻合わせの周回へ入ります。自宅の周囲を何度も回る姿は、一般人から見れば帰り道を失った迷子ですが、本人は記録へ三桁を刻む重要任務を遂行しています。最終的に118kmになっても、「少し伸びました」で処理されます。18kmを誤差として扱える時点で、一般社会の物差しはもう使えません。
「今日はたった100km」は、距離を説明する言葉ではなく、自分は無理をしていないと言い聞かせるための呪文です。実際には早朝から準備し、何時間も走り、脚を削って帰宅しています。それでも玄関を開ければ、「今日は軽く流しただけです」と平然と言い放ちます。100kmをたったと呼べるようになった瞬間、ローディーは速くなったのではなく、一般常識からかなり遠くまで走ってしまったのです。
斜度3%は坂じゃない
「これくらいは坂じゃない」とローディーが言う時、目の前の道路はしっかり上っています。斜度3%なら1km進むごとに約30m高くなるため、一般人なら十分に坂道です。しかしロードバイク界隈では、3%程度は「少し路面が持ち上がっているだけ」「ほぼ平坦」「気のせい」と処理されます。サイコンに勾配が表示されていても、本人が坂ではないと言えば坂ではありません。
ママチャリならギアを軽くしたくなる傾きでも、ローディーは変速せずに進もうとします。ここで軽い段へ替えると、3%を坂として認めたような気がするからです。表情は平静ですが、速度は少しずつ落ち、呼吸も確実に深くなっています。それでも仲間から「上っていますよね」と聞かれれば、「いや、これは平坦です」と即答します。
ヒルクライム好きにとって、坂を名乗るには最低限の資格が必要です。5%でようやく軽い上り、7%から少し坂らしくなり、10%を超えて初めて会話の主役になれます。3%は書類選考で落とされます。距離が長く続いて脚へ地味に効いていても、分類上は平坦なので疲れたとも言いにくくなります。
「これくらいは坂じゃない」は、初心者を安心させる言葉としても使われます。ただし信じてはいけません。ローディーの言う坂ではないは、平らという意味ではなく、自分が過去に登った激坂より緩いというだけです。こうして初心者も少しずつ感覚を失い、数年後には同じ場所で「ここは坂じゃないですよ」と次の人へ妄言を引き継ぐのです。
20kmまでは誤差
「20kmまでは誤差です」と言い切れるのは、距離感をサイコンへ完全に預けたローディーくらいです。一般人にとって20kmは、電車ならいくつも駅を通過し、車でもそれなりに移動したと感じる距離です。しかしロードバイク界隈では、予定より20km増えても「少し遠回りしました」で終わります。少しの意味が、すでに一般社会と共有できていません。
ライド前に100kmのコースを引いても、実走では道を一本間違え、景色のよい場所へ寄り、気になる店をのぞき、最終的に118kmになることがあります。普通なら計画から18%も増えたことになりますが、ローディーは「ほぼ予定どおり」と評価します。四捨五入の単位が大きすぎます。10kmなら完全に無かったことになり、20kmでようやく誤差として認識され、30kmを超えて初めて「思ったより走ったかもしれません」と首をかしげます。
待ち合わせ場所の選び方にも、この感覚は表れます。「集合地点まで何kmですか」と聞かれて「自宅から20kmくらいです」と答える時、本人は近いことを伝えています。一般人なら集合する前に一つの行事が終わる距離ですが、ローディーには移動ではなくウォーミングアップです。20km走ってから本編が始まり、解散後も同じだけ自走して帰ります。往復40kmはイベントの走行距離へ含めず、しれっと交通費のように処理されます。
さらに恐ろしいのは、帰宅直前の20kmです。長い一日を終え、脚も重くなっているのに、残り20kmと分かると急に「もう着いたようなものです」と安心します。まだ1時間近く走る可能性があっても、精神上はすでに入浴しています。その油断からコンビニへ寄り、遠回りし、結局25km走ることになっても、「まあ誤差です」で決着します。
20kmまでは誤差という言葉は、距離を正確に表すためのものではありません。予定が狂った事実を受け入れ、疲労をごまかし、寄り道を正当化するための便利な魔法です。ローディーにとって誤差とは小さなズレではなく、気合いで無視できる範囲を指します。その範囲が20kmまで広がった時点で、本人は遠くまで走れるようになったのではなく、距離に対してかなり大らかになりすぎているのです。
10万円は安い
「10万円なら安いです」という言葉は、ロードバイク界隈でだけ自然に通じる危険な日本語です。一般社会で10万円といえば、家電や旅行、家具など、購入前に一度は冷静になる金額です。しかし自転車用品になると、「上位モデルは30万円ですから」「この性能ならむしろ安いです」と、急に評価が変わります。周囲に高額な商品が並ぶだけで、10万円が良心的に見えてくるのです。
購入を迷っているローディーは、まだ誰にも責められていないのに説明を始めます。「数年使えます」「完成車を買い替えるより得です」「走る回数で割れば一回あたりは安いです」と、支払う前から弁護は完璧です。最終的には「性能を考えれば実質タダ」という結論へ到達しますが、銀行口座からは実質ではなく本当に10万円が消えています。
日常生活では数百円の差を気にする人でも、愛車が軽くなる話には弱いものです。飲料が20円高いと悩み、送料無料まであと数百円なら必死に調整するのに、パーツが100g軽くなると聞けば10万円を差し出します。車体を軽量化するため、財布まで同時に軽量化しているのです。
家族から値段を聞かれた時も、ローディーは正面から答えません。「定価よりかなり安かった」「ポイントを使った」「長く使えるから」と、支払額以外の情報を豊富に提供します。質問は金額なのに、返ってくるのは割引率と耐用年数です。
10万円は決して安くありません。ただロードバイク用品として見た瞬間、本人の中で安い側へ分類されるだけです。こうして愛車は少し軽くなり、金銭感覚は大きくずれ、満足感だけは最高値を更新していきます。
時速25kmは遅い
「時速25kmしか出ませんでした」と聞けば、一般人は十分速いと思います。原付一種の法定最高速度は時速30kmですから、25kmはエンジン付きの乗り物にかなり近い速さです。それを自分の脚だけで出しているにもかかわらず、ローディーはサイコンを見ながら「今日は遅かったです」と深刻な顔をします。あと5km/hで原付の上限に届くのに、本人の評価は残念賞です。
街中を時速25kmで走れば、信号の多い区間では原付と同じような流れで進むこともあります。一般人から見れば、細いタイヤの自転車で原付に近い速度を出している時点で十分な事件です。しかしロードバイク界隈では、25km/hは「流していました」「脚が重かったです」「向かい風にやられました」と反省材料になります。エンジンもアクセルも付いていないのに、比較対象だけは完全にモータースポーツです。
ローディーは平均速度を小数点第一位まで確認し、24.8km/hなら落ち込み、25.3km/hなら少し安心します。100km近く走った満足感より、最後に表示された0.5km/hの差が重要です。信号待ち、坂道、向かい風、休憩後の再加速まで全部含めた数字なのに、「25km/hは遅い」と一言で片付けます。一般人なら原付に近い速さで何時間も走ったことを褒める場面ですが、本人はなぜか敗戦インタビューを始めます。
「時速25kmは遅い」は、速度そのものへの評価ではありません。昨日の自分や速い仲間と比べた結果、基準が必要以上に引き上げられただけです。原付へあと5km/hまで迫りながら遅いと言えるようになった時、脚力だけでなく速度感覚まで、すっかりロードバイク仕様へ改造されています。
まとめ
ロードバイクを始めると、距離感、時間感覚、金銭感覚、速度感覚が少しずつ壊れていきます。100kmは近場になり、斜度3%は平坦になり、20kmは誤差になり、10万円は安くなり、時速25kmでは遅いと言い始めます。冷静に並べてみると、なかなか危険な人たちです。
もちろん本人たちは冗談で言っているわけではありません。本気でそう感じ、本気でそう信じています。ロードバイクに乗り続けるほど基準が少しずつ書き換えられ、気付けば一般常識とは別の世界で生活するようになります。だからローディー同士なら当たり前に通じる言葉でも、一般人からすると「何を言っているの?」となるのです。
それでも、この少し壊れた感覚こそがロードバイクの面白さなのかもしれません。最初は理解できなかった妄言へ笑いながら共感できるようになったら、それは立派なローディーの仲間入りです。気付けばあなたも「今日はたった100kmでした」と、ごく自然に口にしていることでしょう。



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