ロードバイクで見かけるエモい瞬間 Vol.046 ~学校帰りを見かけて~

雑記コラム

夕方、ロードバイクで走っていると学校帰りの学生をよく見かけます。若いころは特に何も思わなかったのですが、ここ数年はそんな光景に少しのせつなさを感じるようになりました。あぁ、あの頃には戻れないんだなと年月の尊さを感じずにはいられません。今日はそんなエモい瞬間を残したいなと。

どこか、せつない、憧憬

夕方の田舎道をロードバイクで走っていると、前から数台の自転車がやってくる。制服姿の高校生たちだ。部活帰りなのか、背中には大きなバッグ。横に並んだ友人と何かを話しながら笑っている。こちらはサイクルジャージを着て、距離や速度を気にしながら走っているのに、彼らにとって自転車は学校から家へ帰るための乗り物でしかない。その姿を見ていると、ふと昔の自分を思い出す。

あの頃は自転車の重量なんて知らなかった。タイヤの空気圧も、ギア比も、ケイデンスも気にしない。チェーンが少しくらい汚れていても平気だったし、向かい風だからと走るルートを変えることもなかった。学校が終われば自転車に跨り、友人とくだらない話をしながら家へ向かう。途中のコンビニに寄ったり、少し遠回りしたり、気になる誰かが前を走っていれば妙にペダルを速く回したりする。そこにトレーニングという意識はなく、走行距離を記録する必要もない。ただ自転車が毎日の生活の中にあった。

ロードバイクに乗るようになった今、自転車との付き合い方はずいぶん変わった。休日になれば天気を確認し、ウェアを選び、ボトルに飲み物を入れ、ルートを考えて出発する。今日は何キロ走ろうか、どの峠へ行こうか、どこで休憩しようか。自転車に乗ること自体がひとつの予定になり、それを楽しみに一週間を過ごすことさえある。

だからこそ学校帰りの高校生たちが妙にまぶしく見えるのかもしれない。高価な自転車でもなければ、特別なウェアを着ているわけでもない。それでも楽しそうにペダルを漕ぎ、笑い声を残しながら通り過ぎていく。その光景には、今ではもう戻れない時間が詰まっている。

すれ違った高校生たちは、こちらの感傷など知るはずもなく、そのまま夕暮れの道を進んでいく。自分も再びペダルを踏み込む。ロードバイクが趣味になるずっと前から、自転車は自分の人生のどこかを走っていた。そんな当たり前のことを、学校帰りの若者たちが思い出させてくれる。夕日に照らされた制服姿が小さくなっていくのを横目に見ながら、少しだけ昔へ戻ったような気持ちで家路を走る。

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