ロードバイクで走っていると、ふいに心だけが揺れる瞬間があります。止まるほどではない。でも見逃すには惜しい。そんな曖昧な一瞬が、なぜか強く残ることが。今日は走り続けてしまったからこそ記憶に残った、或る一月の話です。
一瞬、見える、淡い色
一月の空気は、音まで冷たい。
自転車も走れる遊歩道を、ロードバイクで流していた。吐く息は白く、世界は冬の色だけでできているように見えた。景色は静かで、ペダルの回転だけが時間を進めていた。
そのとき、視界の端で何かが揺れた。
ほんの一瞬、淡い色。冬には似合わない、やさしい色。
桜だった。
早咲きの、小さな桜。
気づいたときには、もう通り過ぎていた。ブレーキをかける理由もなく、止まる準備もない速度だった。減速するという選択肢は、頭に浮かぶ前に後ろへ流れていった。確かに見たはずなのに、もうそこにはいない。
振り返ることはできた。でも、前を向いたまま走った。なぜか、それが正しい気がした。ロードバイクに乗っていると、立ち止まれない瞬間がある。気づいた大切なものほど、速さに置き去りにされる。
冷たい風の中で、さっきの桜の音のない色だけが、胸の奥に残っていた。写真はない。証拠もない。それでも、あの一瞬は確かにあった。
一月の桜は、止まれなかった私の中にだけ、静かに咲いている。



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