ロードバイクで見かけるエモい瞬間 Vol.020~名もなき激坂との対峙~

雑記コラム

マジか…。ライド中、ふいに訪れる激坂との対峙は、こんな言葉から始まります。しかしバイクを降りたり、押したりするのは負けた気がするので絶対にしたくない。今回のエモい瞬間は、そんな名もなき激坂との出会いの瞬間を書いてみました。

唯々、そびえる、坂という壁

予定していたルートを外れ、知らない脇道へとハンドルを切ったとき、それは唐突に姿を現す。地図の上ではただの細い線に過ぎなかった場所。しかし目の前にあるのは、アスファルトに刻まれた円形の滑り止め模様が、空へと突き刺さるように伸びる壁のような急勾配だ。

サイクルコンピューターが示す斜度は、見る間に10パーセント、15パーセントと跳ね上がっていく。名のある峠のような頂上への期待や達成感の予感など微塵もない。そこにあるのは、生活道路として作られたがゆえの容赦ない斜度と、逃げ場のない静寂だけである。

フロントをインナーに入れ、リアを最大ローギアに叩き込む。カチッという乾いた金属音とともに、最後の一枚を使い切ってしまったという微かな絶望が指先に残る。ここからは、機材に頼ることも、言い訳をすることも許されない、自分自身の心肺と筋肉だけが試される時間だ。

顔を上げれば、数メートル先の路面が覆いかぶさってくるような錯覚に陥る。心拍音は耳の奥で激しく打ち鳴らされ、一漕ぎごとに肺が焼けるような熱を帯びる。それでも、クランクを回す手は止められない。なぜなら、こんな場所で足を着いてしまえば、二度と再発進できないことを本能が理解しているからだ。

汗がフレームのトップチューブに滴り、視界が歪む。その極限の状態の中で、ふと気づく瞬間がある。自分がいま、この世界で最も無意味で、かつ最も純粋な行為に没頭しているという事実に。誰に褒められるわけでもなく、SNSに載せるような華やかな展望台があるわけでもない。ただ目の前の壁を越えるためだけに、全神経をペダルに集中させている。

ようやく斜度が緩み、平坦な道へと繋がったとき、そこにはドラマチックな景色など存在しない。ただの古い民家や、生い茂る雑木林があるだけだ。しかし、荒い呼吸を整えながら振り返るその坂道は、征服した喜びよりも、一瞬だけ自分を極限へと連れて行ってくれた共犯者のような、奇妙な愛おしさを湛えている。

名もなき坂に、名もなきライダーが刻んだ一瞬の軌跡。それは、誰にも知られることのない、最高に贅沢な自己満足の記録に他ならない。

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