真夏のライド。良く晴れた日に山や峠を攻めるのも楽しいですが、やっぱり海に辿り着くとテンションが上がってしまうもの。今日は直球です。ライド中に海の匂いを感じた瞬間を切り取ってみました。
微かに、感じる、潮の香り
走り始めた頃は、まだ海なんて見えない。住宅街を抜け、田んぼの間を走り、小さな橋を渡りながら淡々とペダルを回す。サイコンの距離だけが少しずつ目的地へ近づいていく。それでも景色はいつもと変わらない。まだ海まで何kmもあるように思える。
そんなとき、ふと風が変わる。「あ、海だ。」視界にはまだ水平線も砂浜も映っていない。青い海などどこにも見えない。それなのに風へ混ざり始めた潮の香りだけが、自分より少し早く海へ到着している。鼻先だけが先に目的地へたどり着いたような、不思議な感覚になる。その一瞬が好きだ。
海が見えた瞬間ももちろん嬉しい。でも、その少し前、匂いだけで海の存在を感じ取れる時間には景色とは違う感動がある。ここまで自分の脚だけで走ってきたという達成感が、潮風と一緒に胸へゆっくり流れ込んでくる。自然とペダルへ力が入り、少しだけ速度も上がる。「もうすぐだ。」誰かに言われたわけでもないのに、身体が勝手にそう理解している。
やがて道路の先が開け、青く広がる海が姿を現す。波がきらきらと光り、白い波頭が静かに岸へ寄せている。頬を撫でる風は街中とはまったく違い、少し湿っていて、どこか塩の香りを含んでいる。その景色を見た瞬間、それまで積み重ねてきた距離や疲れが、不思議なくらい報われた気持ちになる。
ロードバイクは、自分の身体で景色へ近づいていく乗り物だ。車なら窓を閉めたまま数分で通り過ぎる距離でも、自転車は空気の変化まで楽しめる。街の匂いから草の香りへ変わり、土の匂いを抜け、その先で潮風へ変わっていく。その移り変わりを身体全体で感じながら進めるからこそ、目的地へ到着するまでの時間そのものが思い出になる。
海沿いへ出ると、しばらくは何も考えなくなる。ただ波を眺め、一定のリズムでペダルを回すだけ。それだけなのに心は驚くほど軽くなり、「またここまで走って来よう」と自然に思えてくる。帰り道になれば、あれほど濃く感じた潮の香りは少しずつ薄れ、いつの間にか街の空気へ溶け込んでいく。だからこそ、最初に海の匂いを感じたあの数秒は、水平線を見た瞬間よりも鮮明に心へ残ることがある。ロードバイクだからこそ出会える景色はたくさんある。でも、その景色を迎える前に訪れる「海の匂い」という小さな予告こそ、何度走っても心を動かされる瞬間なのだ。



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