ロードバイクはキモイ。
ブームの始まりが2010年代前半と考えると10年以上が経ちました。が、ロードバイクがキモイ・気持ち悪いと思われてしまう現実は今も変わりません。
ロードバイクという趣味は、本来なら「爽やか」「健康的」「スタイリッシュ」の三拍子で語られるはずなのに、今のロードバイク界隈をそっと覗くと、その理想像は秒で崩れ落ちます。
ピチピチを通り越して「醜さ」全開のジャージ姿、プロ選手のレプリカを着て原付に抜かされる全力疾走、汗と加齢臭を風に乗せて店に突撃、口を開けば愛車自慢や他人批判、そして極めつけは「全て俺が正しい」という謎の自己中スピリット。
ここまで揃えば、もはや趣味ではなく“一般人に向けた強烈なデバフ攻撃”です。
実際、ロードバイク乗りは民度が低く、頭のおかしい、イキリ害悪な、容姿も思考も給料も生き方も薄っぺら過ぎるおっさんが多く存在します。
にもかかわらず当の本人たちは、「俺たちは爽やかスポーツマン」と本気で信じているのだからもう手に負えません。本記事では、この壮大な勘違い文化の現実を直視し、ロードバイク乗りがどうすれば“キモイ枠”から脱出できるのかを、キモイと思われる10の理由からひも解いていきます。
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- キモイ理由01.体のラインが出すぎるピチピチのサイクルジャージ
- キモイ理由02.スポンサーロゴ入りジャージでアスリート気取り
- キモイ理由03.スポーツサングラスの圧倒的な似合わなさ感
- キモイ理由04.見渡せばナルシストな冷笑系おぢばかり
- キモイ理由05.ロードバイク界隈、男も女も顔整いナシ
- キモイ理由06.臭い、クサい、くさい!汗&加齢臭のまま入店
- キモイ理由07.全てが自分中心なコミュ障の巣窟
- キモイ理由08.人生でお金をかけるものがロードバイク「しか」ない
- キモイ理由09.車・バイクはお構いなし、公道をわがもの顔で走行
- キモイ理由10.プロ気取り?走っているときの異様な前傾姿勢
- まとめ~ロードバイクがキモイと思われないために~
キモイ理由01.体のラインが出すぎるピチピチのサイクルジャージ
ロードバイク乗りが街中で悪目立ちする大きな理由のひとつが、体のラインを過剰に強調するサイクルジャージです。本来は空気抵抗を抑えるための設計で、身体に密着するのは理にかなっています。しかし一部の人は「ピタッとしていれば速そう」という発想だけを頼りに、自分の体型までも容赦なく露出する状態になっています。
特に目につくのが、明らかにスリムフィットが合わない太った体型・腹部が出ているサイクリストがドヤ顔でサイクルジャージを着ているケースです。海外プロと同じタイトフィットを選びながら、自分の体格がまったく別ジャンルであることを忘れている人は少なくありません。その結果、お腹のふくらみや背中のたるみがジャージを外側へ押し広げ、空力どころか生地の耐久試験のような緊張感を生み出します。
本人はそれがベストだと思っているのでしょうが、一般の目から見ると筋肉も脂肪も立体的に浮き上がった状態になり、街中で異様な存在感を放ってしまいます。ロードバイクへの情熱そのものは尊重しますが、出発前に一度だけ鏡の前で他人に不快感を与えないかどうかを確認しましょう。
キモイ理由02.スポンサーロゴ入りジャージでアスリート気取り
ロードバイク乗りが“キモイと思われがち”になる理由のひとつが、スポンサーロゴをびっしり貼り付けたジャージでアスリート気取りになるパターンです。本人は「プロのレプリカだから強そうに見える」と思っているようですが、周囲から見ると、ただの一般人が企業広告を全身に貼りつけて走っているだけに見えることが多いです。
ここでよく誤解されている点が、海外サッカーやメジャーリーグのユニフォームと同じ感覚で着ているケースです。しかし両者はまったく違います。サッカーやMLBのユニフォームは、観戦・ファン文化として社会に浸透しており、街中でも「好きなチームなんだな」で終わるものです。一方ロードジャージは、スポンサー広告が全面を占めるうえ、選手の身体に密着する前提のデザインで、一般人が日常空間で着るとただの“職業不詳の広告マン”のような違和感が生まれます。ユニフォーム文化でもなく、コスプレでもなく、ただ本人だけが本気で世界観を再現しようとしてしまうところが、独特のキモさを生んでしまいます。
しかも問題はレプリカだけではありません。漢字だらけの決め台詞を背負ったジャージや、アニメ調キャラクターを巨大プリントした“痛ジャージ”まで登場し、見る側としてはもはやロードバイクというより移動式コスプレボードのような印象になります。ここまで世界観が暴走すると、コスプレよりも扱いに困る存在になります。コスプレならイベントの中で成立しますが、これらのジャージは街中の交通に普通の顔で溶け込もうとするため、余計に浮くのです。
憧れや愛は大事ですが、街中という現実世界とのギャップを少しは考えましょう。
キモイ理由03.スポーツサングラスの圧倒的な似合わなさ感
ロードバイク乗りが周囲から「うーん…」と思われてしまう理由として、スポーツサングラスの圧倒的な似合わなさがあります。ハイテク感あふれる大きなレンズ、鋭い輪郭、未来の兵士のようなデザイン。本来は空力や視界を守るための機能性アイテムなのですが、一般人の目にはただの“顔面に貼りついた謎デバイス”にしか見えません。
特に問題なのは、顔立ちとの相性度外視でとにかく派手なモデルを選んでしまうケースです。強面の人がミラーゴールドをかけてしまい威圧感が倍増したり、柔和な顔つきの人が巨大レンズで急にサイボーグ化したり、輪郭が細い人が大型シールドで完全にサングラスに飲み込まれたりと、誰も得しない事態が発生します。
街中では余計に違和感が強まります。周囲の人は普通のサングラスなのに、一人だけ異様にハイテクなアイウェアをかけ、しかもピチピチのジャージと組み合わさることで謎の未来スポーツマンが完成します。ロードバイクにまたがった瞬間はまだしも、コンビニでアイスを選んでいる姿となると破壊力が跳ね上がります。
ロードバイク用のサングラスは優秀ですが、それを一般空間で使いこなすにはかなりの難易度があります。顔に合っていないのに無理やりかけてしまうと、もはや格好良さではなく、珍妙な存在感だけが完成してしまいます。機能性は重要ですが、まずは似合うかどうか、第三者の意見を聞いてみましょう。
キモイ理由04.見渡せばナルシストな冷笑系おぢばかり
ロードバイク界隈を見渡すと、なぜかナルシスト気質の冷笑系おぢばかりが密集している光景に出くわします。彼らのコミュニケーションはなぜか常に上から目線で、表情は基本的に薄い笑み。まるで「俺は分かっている側」という雰囲気を全身で放ち、誰も頼んでいないのに玄人感をアピールし続けます。
そして、このタイプが口を開くと、ほぼ例外なく愛車自慢か機材批判のどちらかです。まずは自分のフレームがいかに優れているかの語りが始まり、続いて他人の機材の粗探し。ホイールがどうだ、タイヤがどうだ、ポジションが甘い、ブランド選びが薄いなど、誰も聞いていないのに終わりのない講評を始めてしまいます。
さらに厄介なのは、その語りがいつも冷笑を添えて行われる点です。本人は達観しているつもりなのでしょうが、周囲から見るとただのマウンティングで、しかも内容はだいたいネットで拾ってきた浅い知識の焼き直しです。それを本人だけが「唯一無二の見識」だと信じているあたりが、独特の痛々しさにつながります。
ロードバイクは楽しい趣味ですが、こうした“冷笑系おぢサークル”の中に迷い込むと、機材よりも人間の重さが気になってしまいます。走力より先に、まずはその自意識を軽量化すべきでしょう。
キモイ理由05.ロードバイク界隈、男も女も顔整いナシ
ロードバイク界隈を覗くと、男も女もなぜか顔面偏差値が一斉に下振れしていることに気が付きます。屋外スポーツで爽やかなイメージがありそうなのに、実際の現場はなぜこうも顔整いゼロがデフォルトなのか、不思議になるほどです。ヘルメット跡と日焼けラインが相まって、誰しもが疲れた平日終わりの通勤者のような顔になってしまいます。
この「顔面整いナシ問題」は、ネットで見られる自転車系YouTuberにもよく表れています。老若男女問わず、ここまで顔整いがいないYoutubeチャンネルも珍しいです。また見た目の華やかさがないだけならまだしも、さらに輪をかけて厳しいのが“声”や“しゃべり方”です。なぜか自転車系、特にロードバイク系のYoutubeチャンネルは声やしゃべり方が異様に気持ち悪いことが多く、妙に鼻にかかった喋りや、無駄にテンションだけ高い語りが多く、映像以上に音声が視聴の壁になりがちです。
しかも、その声で延々と機材の話や自分語りを続けるため、視聴している側は内容よりも「とにかくキモイ」という印象だけが残ってしまいます。こうなると情報系チャンネルのはずが、いつのまにか“精神耐久テスト”に変わってしまうことすらあります。
ロードバイクは本来、健康的でスマートな趣味のはずなのに、界隈に集まる顔ぶれや発信者の雰囲気はなぜか真逆の方向へ向かいがちです。見た目も声も武器にならないなら、せめて中身だけは磨いてほしいところです。
キモイ理由06.臭い、クサい、くさい!汗&加齢臭のまま入店
ロードバイク乗りが一般人に最速で嫌われる理由のひとつが、「臭い、クサい、くさい」という三段活用で攻めてくる汗と加齢臭です。走り終わった直後の彼らは、もはや人間より“発酵系生物”のほうが近いのではと思うほどの濃度をまとっています。
問題は、その状態のまま平然と店に入店するところです。コンビニ、カフェ、ラーメン屋、どこでも構わずフラッと入っていき、空調の風に乗って周囲へ香りをまき散らします。爽やかなサイクリストどころか、店内の空気を一瞬で変質させる“移動式スメル爆弾”になってしまいます。
さらに困るのが、本人がその匂いに気付いていないことです。ライド後の爽快感に包まれているせいか、もはや嗅覚が完全に麻痺しており、シャワーどころかタオルすら使わずに入店することも珍しくありません。周囲の客が少しずつ距離を取っていくのを見ても、まったく自覚がないまま求められていない“激臭アロマ”を放ち続けます。
ロードバイクは全身運動で汗が出るのは当然ですが、せめて店に入る前に汗を拭く、ウエアを一段落ち着かせるといった最低限のエチケットぐらいは守ってほしいところです。爽やかさを求めて始めた趣味のはずが、気付けば周囲を苦しめる“臭い系アスリート”になってしまうのは、あまりにも切ない話です。
キモイ理由07.全てが自分中心なコミュ障の巣窟
ロードバイク界隈を覗くと、「全てが自分中心」という空気が当たり前になっていることに気付きます。まるで世界の交通インフラが自分のために存在しているかのように振る舞い、周囲の歩行者や車は“背景”くらいにしか考えていません。ロードバイクはひとりで成立するスポーツですが、その特性が悪い方向へ作用し、自己中な考え方に拍車がかかる人が大多数です。
この手のタイプは、基本的にコミュ障でもあります。人との距離感を測れず、独特のテンションで一方的に喋り続けるか、逆に必要な場面でもまったく意思疎通を取ろうとしません。集団走行になると、急減速、急加速、謎のライン変更など、周囲への配慮が完全に欠けた動きが炸裂し、結果的に他人のストレスだけを増幅します。
野球やサッカー、バスケなどチームスポーツ経験者なら普通に考える他者への配慮も、単独走行が基本のロードバイク乗りは全く考えないことが多いです。
さらに厄介なのは、本人がその振る舞いを「俺は自由に走っているだけ」と勘違いしている点です。自由でも個性でもなく、ただの自己中心的な立ち振る舞いなのですが、ひとりスポーツ特有の“自分だけが主人公”の感覚に浸ってしまい、それを修正する気配がありません。
本来ロードバイクは、自然や風景を楽しんだり、気持ちよく体を動かしたりする素敵な趣味のはずですが、コミュ障気味の自己中が集団になると、途端に“人間関係事故多発地帯”に変貌します。ペダルより先に、まずは自分の内側の問題を回す必要があるのではないかと感じる瞬間が少なくありません。
キモイ理由08.人生でお金をかけるものがロードバイク「しか」ない
ロードバイク界隈には、「人生でお金をかける対象がロードバイクしかない」という、ある意味わかりやすい人たちが少なくありません。給料が入ればまずホイール、次にフレーム、残りは補給食とメンテ道具。人並みに投資しているつもりかもしれませんが、実態としては“人生の全予算を自転車に突っ込む一発特化型”です。
その背景には、愛する人がいない、気にかけてくれる人がいないという悲しすぎる人生があります。パートナーはおらず、家族に相談することもなく、誰かのために使うお金もない。結果として、行き場を失った金と情熱がすべてロードバイクに向かい、どんどん機材がハイスペック化していきます。
しかも、他に持っている趣味といえばラーメン巡りや一人旅など、どれも“ひとりで完結するものばかり”です。ロードバイク、ラーメン、ソロ旅。この三点セットが揃うと、もはや人生のステージが完全に独走状態に入り、誰とも競わないのにひたすらペースを上げ続ける空しいタイムトライアルのようになります。
もちろん本人は充実しているつもりでしょうが、外から見ると「人間関係がごっそり抜け落ちたまま、型遅れのバイクと共に歳だけ取っていく」という、容姿も、思考も、給料も、生き方も薄っぺら過ぎる人生に映ります。ロードバイクが悪いわけではありませんが、人生の配分をもう少しだけ見直したほうが、ライドも日常も軽くなるのではと思わされます。
キモイ理由09.車・バイクはお構いなし、公道をわがもの顔で走行
ロードバイク乗りが世間から嫌われる理由として外せないのが、公道をわがもの顔で走る姿です。車もバイクも歩行者も視界に入っているはずなのに、なぜか“自分が最優先”という謎の前提で走り出し、道路全体をトレーニングコースか何かと勘違いしているような振る舞いが目立ちます。
そして何より、公道ではとにかく邪魔です。単独で走っていても十分に邪魔なのに、これが集団走行となると被害は倍増します。隊列を組んで堂々と車線を占有し、後ろの車が詰まっても知らん顔。あげく、信号前で無駄に横に広がり、曲がり角では勝手にアウトインアウトを描き、周囲の交通は完全に巻き添えを食らいます。
この“邪魔マインド”は本人たちにはまったく自覚がありません。むしろ「俺たちは安全な走りをしている」と思い込んでいる節すらありますが、実際は車やバイクから見ればノロノロした障害物で予測不能な動きをする不安要素であり、歩行者から見れば高速で迫ってくる恐怖の存在です。
ロードバイク自体は魅力的なスポーツですが、公道を自分の庭のように使う習性だけは、そろそろ卒業してほしいところです。道路はトレーニング場でも遊歩道でもなく、みんなが使う場所であるという当たり前の事実を理解しましょう。
キモイ理由10.プロ気取り?走っているときの異様な前傾姿勢
ロードバイク乗りを見ていると、「プロ気取りなのか?」と首をかしげたくなる瞬間があります。まるでレース中のエリート選手のように、胸がハンドルに吸い付くレベルの異様な前傾姿勢で走り、本人は空力を極めているつもりなのでしょう。しかし、そのフォームだけが一丁前で、速度だけはまったく伴っていません。
何が問題かというと、あの前傾姿勢が“やたらと速そう”に見えるのに、実際は驚くほど遅いことです。後ろから見ていると、「お、この人けっこう走れるのかな?」と一瞬思わせておいて、いざ信号が青になって進みだすと、原付どころか、時には電動ママチャリにすら軽々と抜かされていきます。空力ポジションを極めたつもりが、結果として姿勢だけがプロ、速度は初心者というチグハグな状態になってしまいます。
さらに厄介なのは、その異様な前傾姿勢が街中でも発動する点です。渋滞中でも、商店街でも、急な下りでも、とにかく常に「俺はレース中だ」と言わんばかりのフォームを崩さず、周囲から見ると“ロールプレイ中の人物”にしか見えません。しかも遅い。とにかく遅い。
本来、速さとは実力がともなって初めて成立するものですが、ロードバイク界隈には「フォームだけプロ級、スピードだけ平凡」という人が多すぎます。せめて前傾姿勢だけでも、人並みに走れるようになってから導入してほしいところです。
まとめ~ロードバイクがキモイと思われないために~
ロードバイクがキモイと思われる理由は、結局ひとつに集約されます。
「本人だけが世界に酔っている」という点です。
ピチピチのジャージで身体のあらゆる段差を強調し、広告まみれのレプリカでプロ気取りをし、巨大サングラスで急にサイボーグ化し、冷笑しながら愛車自慢と機材批判を繰り返し、汗と加齢臭をまき散らしながら店に入り、コミュ力はゼロなのに自己中マインドだけはフル装備。人生の予算はロードバイクに全振りで、公道では堂々と邪魔をし、姿勢だけプロ級なのに原付に抜かされる始末。
これだけ揃えば、世間から「キモイ」と思われるのはむしろ自然な反応です。
とはいえ、ロードバイクという趣味そのものが悪いわけではありません。問題は、一部の乗り手が“ロードバイクに乗っている自分”に酔いすぎ、周囲の世界を見失ってしまうことです。ほんの少しだけ自意識を軽量化し、最低限のマナーと身だしなみ、そして他人目線を持つだけで、キモイ認定からは驚くほど簡単に抜け出せます。
ロードバイクは本来、風を感じて楽しく走れる素晴らしい趣味です。
せめてその楽しさを、周囲の人に「臭い」「邪魔」「痛い」の三拍子で台無しにしないよう、自分自身の走り方と立ち居振る舞いだけは調整しておきたいところです。
ロードバイクを楽しむのは自由ですが、街中で奇妙な存在感を発揮しないためにも、自分自身の“キモさ要素”を一度棚卸ししてみるのが良いかもしれません。



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