あてもなくペダルを回し、気ままに街を流す。そんな日のライドには、計画されたツーリングにはない贅沢な空白がある。どこへ行くかも、いつ休むかも、すべてはその時の気分次第。
Vol.009のテーマは、そんな無計画な旅の途中で出会った、口福の一皿についてです。
幸せは、口福の、中に。
午後の柔らかな光の中、見慣れたはずの路地を抜けると、ひっそりと佇む古い甘味処が目に留まった。いつもならそのまま素通りして距離を稼ぐところだが、なぜかその日は、吸い寄せられるように自転車を止めた。特別な空腹感があったわけでも、そこが有名な店だと知っていたわけでもない。ただ、暖簾の揺れるリズムが心地よく見えた、それだけだった。
注文したのは、彩り鮮やかなあんみつ。運ばれてきた器を前に、まずは一口あんこを口に運ぶ。その瞬間、脳を突き抜けるような衝撃が走った。これほどまでに甘みが愛おしく感じられたことがあっただろうか。ライドでじわじわと削られた身体の隅々に、濃密なあんこの甘さが濁流のように染みわたっていく。
寒天の喉越し、赤えんどう豆の塩気、そして全体を包み込む黒蜜のコク。一つ一つの要素が、疲労した筋肉を優しく解きほぐしていくのがわかる。店内に流れる静かな時間の中で、ただ甘味と向き合う。理由は後付けでいい。この「染みわたる」という感覚こそが、自転車に乗る私たちが手に入れられる、最高のご褒美なのだ。
店を出て再びサドルに跨がると、先ほどまでより少しだけ体が軽くなった気がした。目的地のないライドは、こんな小さな幸せを拾い集めるためにあるのかもしれない。



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