ロードバイクを趣味にしていると、想定外の出来事に遭遇することがあります。よくあるわけじゃないけれど、ごく稀にあるのが予定外の一泊。普段なら自宅にいるはずなのに、今夜はひとりで全く見知らぬ土地にいる。そんな非日常だからこそ感じるエモい瞬間があるのです。
予定を、捨てる、贅沢
土日にする予定外の宿泊ほど、ライドを色濃くするものはない。夕暮れ時、想定外の悪天候に見舞われ、自宅へ帰るのを諦めた私は、急遽予約したビジネスホテルのシングルルームにいた。
ざっとシャワーで汗を流したあと、手元にあるのはホテルに向かう前に買った新品の下着類。目線の先には一日中汗を吸い込んだジャージ一式やウェア。とにかく汚れたジャージ一式を洗わねば明日の帰路は地獄と化す。私は買ったばかりの下着とTシャツを着る。そして部屋に備え付けの浴衣を羽織り、小銭を握りしめてホテルに設置されるランドリー室へ向かった。
洗濯で30分、乾燥機で30分、か。
私は洗濯機にジャージを放り込み、自販機で売っていた洗剤と200円を入れつつ、ドラムの振動が伝わる狭いベンチに腰を下ろす。 スマホの充電は残り少ない。明日のルートを引き直しながら、妙な心地よさを覚える。自販機で買ったやけに甘い缶のカフェラテを啜る。普段なら一口で飽きるはずの味が、枯渇した体に異常なほど馴染む。予定外の出費、狂ったスケジュール。しかし意外なほど焦りはない。洗剤の泡と共にドラムの中でかき混ぜられるジャージをぼうっと眺めていられるだけの余裕まである。ここは日常から切り離された、ただの空白だ。
洗濯が終わったようだ。洗濯機から濡れたジャージを取り出し乾燥機へ入れ300円を投下すると、乾燥機が温風を出しながら回り始めた。 窓の外には知らない街の夜景が広がっている。本来なら今頃、自宅にいたはずの自分。そう思うと、この場所、この時間が逆に、とても贅沢な無駄に思えてくる。ランドリー室の暖房が冷え切ったふくらはぎの筋肉をじんわりと解きほぐす。ジャージが乾いていく音を聞きながら、私は何もしない。ただ、次に走り出すための熱を、自分の中にも溜め直している。
60分の空白。
それは、予定通りに行かなかったライドが、私にくれた一番の休息だった。
乾燥終了のブザーが鳴る。 温まったジャージを抱え、私は部屋に戻った。明日、再び同じ距離を走るんだし、今夜はこの知らない街で何か美味しいものを食べよう。そう考えながら、洗ったばかりのジャージに袖を通した。


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